アメデーアは、モンフェッラート侯ジョヴァンニ・ジャコモと、サヴォイア伯アメデーオ7世の娘ジョヴァンナ・ディ・サヴォイアの娘である。
1440年7月3日、アメデーアはキプロス王ジャニュと2番目の妻シャルロット・ド・ブルボンの息子であるキプロス王ジャン2世と結婚し、王妃として戴冠された[1]。結婚式は1437年に代理結婚で行われ、アメデーアは1440年6月にキプロスに到着した。この結婚は、東地中海におけるパレオロゴス家との関係を重視した結果として成立した。
1437年の代理結婚により、アメデーアはキプロス、エルサレム、アルメニアの王妃となった。戴冠式は1440年7月3日、ニコシアのアヤソフィア大聖堂で行われた。
アメデーアの王妃としての期間は短く、結婚から2か月後に急逝した。アメデーアには子供がいなかった[2]。アメデーアはサン・ドメニコ修道院の、王妃シャルロット・ド・ブルボンの隣に埋葬された。
王位継承者を必要としていたジャン2世は、それから2年も経たないうちにエレニ・パレオロギナと結婚した。エレニは娘シャルロットを産んだ。