Wikiwand AI

アリギヤシリ

From Wikipedia, the free encyclopedia

アリギヤシリ・キュレゲン(モンゴル語: Ariγiyaširi Küregen,1303年 - 1333年)とは、14世紀前半にモンゴル帝国(大元ウルス)に仕えたコンギラト部出身の万人隊長(トゥメン)。『元史』などの漢文史料では阿里嘉室利(ālǐjiāshìlì)と表記される。

概要

アリギヤシリは14世紀初頭に当主であったディウバラと武宗カイシャン・仁宗アユルバルワダと兄妹であったセンゲラギの間に生まれた[1][2]。同腹の兄妹にブダシリがいる[3]。

アリギヤシリは父が早世したことから、1310年(至大3年)に8歳にして当主位(万人隊長/トゥメン職)を継承した[1][3]。1311年(至大4年)7月、アリギヤシリは最高ランクの魯王位を襲封し、ドルジバル公主を娶った[4]。1324年(泰定元年)10月には妹のブダシリがトク・テムル(後の文宗ジャヤート・カアン)に嫁いでおり、帝室と密接な関係を築いたセンゲラギは文人のパトロンとなって書籍・美術品を収集したことで知られる[5]。妻は肅雍賢寧公主ドルジバル(Dorǰibal >朶児只班/duǒérzhǐbān)。

アリギヤシリは1333年(元統元年)に亡くなり、没後には叔父のセンゲ・ブラが万戸職を継いだ。

コンギラト部デイ・セチェン家

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks