アリスタゴラス
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ナクソス
ナクソスの追放された市民が避難するためにミレトスに来たことは確かである。 彼らはアリスタゴラスに自らの故国の支配を取り戻してくれるよう、アリスタゴラスに部隊の提供を求めた。 アリスタゴラスは兵を与える代わりに自らをナクソスの支配者にするよう、ナクソス人と取引をした。 彼は、自らは十分な兵士を持っていないが、ダレイオスの兄弟でリビアのサトラップでもあり、アジアの大陸海軍を指揮していたアルタプレネスが兵士の供給に手を貸すだろうと主張した。 ナクソス人はアリスタゴラスにアルタプレネスと取引するのを了承し、彼に資金を与えた。 アリスタゴラスはサルディスに行きアルタプレネスに、アルタプレネスが実質的にはナクソスを支配できることをほのめかしつつ、ナクソスを攻撃し亡命者を帰らしてくれるよう言った。 彼はナクソスが「イオニア海岸に近く、財宝と奴隷に満ちた素晴らしく肥沃な島である」ということを強く主張した。 アリスタゴラスは遠征の資金を供給し、またアルタプレネスに贈与金を渡す事を約束した。 彼はナクソスを占領することは他のキクラデス諸島のポリスを支配下に置くことにもなろうし、エウボイア攻撃の基地にもなるだろうとも言い、アルタプレネスを誘惑した。アルタプレネスは同意し、200隻の船を送ることを約束した。
次の春、アリスタゴラスとナクソス人亡命者は艦隊で出港した。アリスタゴラスとメガバテス提督とが口論になり、そのためメガバテスはナクソスに艦隊が着ていることをナクソスに知らせた。これによりナクソスは包囲攻撃に対する準備の時間を得た。 4ヵ月後でもまだ包囲戦は終わらず、ペルシア人の物資と資金はほぼ尽きた。遠征は失敗し、彼らは船で故郷へと帰った。
イオニアの反乱
ナクソスの失敗は、アリスタゴラスの政治的立場を危うくした。アリスタゴラスはペルシア人の激怒から免れようとする一心で、彼はミレトス人と他のイオニア人と共に反乱を計画し始めた。一方ヒスティアイオスは未だサルディスに留めおかれていた。彼はそこで奴隷の剃られた頭にメッセージを入れ墨していた。髪が生えそろうと、彼は奴隷をアリスタゴラスの元へと行かせた。 メッセージはアリスタゴラスに反乱を起こすようにというものであった。ヒスティアイオスは再びミレトスを目にするのに必死であり、ダレイオスにナクソスの反乱に対処するために自らを行かせて欲しいことを希望した。すでに反乱を決意したアリスタゴラスは紀元前499年ミレトスで反乱に同意した支持者と共に会議を開いた。アリスタゴラスは歴史家ヘカタイオスを除く大部分の市民によって支持された。彼はペルシアの艦隊指揮官を捕らえるため男たちをミュウスに送った。それから、彼は同盟国を求めてラケダイモンに旅立った。
スパルタの援助
アリスタゴラスは、スパルタ王クレオメネス1世にペルシアのくびきを打ち払うのを助けてくれるよう嘆願した。彼はスパルタ軍の強さを賞賛し、ペルシアが先手を打って侵略してくるだろうと論じた。彼はペルシア兵が「ズボンをはき帽子をかぶって」戦うような兵士であるから、これを破るのは容易であろうと主張した。また彼はペルシアの富の豊かなことを挙げて王を誘惑した。クレオメネスはアリスタゴラスに2日返事を待つように言った。
次に彼らが会った時、クレオメネスはアリスタゴラスにスサに着くにはどれくらい長くかかるかを尋ねた。それが3ヶ月かかることを知るや否や、彼はそんなにスパルタを空けたままには出来ないと言い、スパルタの援助は与えられないと拒否した。その時スパルタはアルゴス人からの攻撃に専念していたのだ。ギリシアの歴史家ヘロドトスは、アリスタゴラスは賄賂でクレオメネスを買収しようとしたが、王の若い娘による言葉で防がれたと書いている。アリスタゴラスは一つ目の事業が失敗したので、スパルタを去った。