アリ・モハマド・ナイニ
イランの革命防衛隊の報道官(1957年 - 2026年)。イラン戦争で戦死。
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経歴
イラン・イラク戦争にも従軍したベテラン軍人。革命防衛隊の文化担当副長、イラン民兵組織バスィージの文化・社会担当副長などを歴任[4]。階級はイラン軍における事実上の三番目の階級である革命防衛隊二等准将(سرتیپ دوم پاسدار)[4]。
2024年7月にラメザン・シャリフ(Ramezan Sharif)准将の後任として革命防衛隊の報道官兼広報部副部長に就任した[5]。
2024年にイランがイスラエルを攻撃した際にイギリスから制裁を科されたイラン将官の一人だった[4]。
2026年2月28日にイラン戦争が開戦すると戦意高揚の戦時プロパガンダに従事。アメリカのドナルド・トランプ大統領の「イランの海軍力は壊滅した」という発言に対して、ナイニはそれを否定し、もしそう思っているならペルシャ湾にアメリカの艦船を送り込むがいいと挑発した[2]。
3月8日には「過去1週間でイランは合計600回のミサイル攻撃を実施し、2600回の無人機作戦を行い、米軍基地及びイスラエルにある重要施設にある200以上の標的に精密攻撃を行って破壊した。また、地域防空早期警戒網を構成する7基の先進レーダーを破壊した」「現在のペースでいけば、イラン軍は少なくとも6カ月間は高強度の戦闘を継続する能力がある」とする戦意高揚の声明を出した[6]。
ナイニは死亡する数時間前にも国営テレビに出演し[7]、次のような戦意高揚声明を発している。「空爆の中にあろうとテヘランは依然としてミサイルを製造できる」「(イラン)人民は、敵(アメリカ・イスラエル)が疲労するまで戦争が続くことを希望している」「この戦争は、この国(イラン)から戦争の脅威が取り除かれたときに終わるべきだ」[2]。
この声明はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の「もはやイランにはウラン濃縮能力も弾道ミサイル製造能力もなくなった」という発言に対抗して発した物だった[2]。
しかし、これがナイニの最期の声明となった。3月20日にイラン国営放送は、同日のアメリカとイスラエルの空爆によってナイニが死亡したことを発表した[2]。革命防衛隊の発表によれば同日夜明けにアメリカとイスラエルが共同で実施した空爆の中で死亡したという[4][7]。イスラエル国防軍もナイニを空爆で排除したことを確認した[2]。