アルジス・バドリス
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バドリスはアルギルダス・ヨナス・ブドリース (Algirdas Jonas Budrys) として東プロイセンのケーニヒスベルクで生まれた。父のヨナス・ブドリースは当時駐ケーニヒスベルク・リトアニア総領事であり、アルジスが5歳だった1936年に駐米総領事となった。1940年、本国リトアニアがソ連に編入されると、一家はそのまま米国に留まることとした。
バドリスはまずマイアミ大学で、その後ニューヨーク州のコロンビア大学で教育を受けた。1952年、バドリスは編集者としてSF出版社ノーム・プレスやSF誌「ギャラクシー・サイエンス・フィクション」で働き始めた。1961年からリージェンシー・ブックスの編集者となり、のち「プレイボーイ」誌の書籍部門の編集部長となった[1]。
最初に活字になった彼のSF作品は"The High Purpose"で、「アスタウンディング」誌の1952年に掲載された。彼の1950年代のSF作品には、ジョン・A・セントリー(John A. Sentry)名義で発表されたものもある。これは彼のリトアニア名を英語化したものである。他にも変名は複数ある。そのうちの幾つかは彼の雑誌"Tomorrow Speculative Fiction"で、小記事の署名として復活した。1950年代のSF雑誌などで使われたものとしては、ウィリアム・スカルフ(William Scarff)が挙げられる。なおジェローム・ビクスビイ(Jerome Bixby)との共同ペンネームとしてアルジャー・ローム(Alger Rome)を使用した。
バドリスが1960年代に書いた中長編『無頼の月』(Rogue Moon)はヒューゴー賞の候補となり(受賞はせず)、後にアンソロジー"The Science Fiction Hall of Fame"(1973年)に収録された。冷戦を扱った作品『アメリカ鉄仮面』(Who?)は1973年に映画化がなされた。バドリスはヒューゴー賞、ネビュラ賞には幾度も候補となりそして落選したが、SF研究協会(Science Fiction Research Association)の2007年度ピルグリム賞(Pilgrim Award)を「生涯を通じたSF研究への寄与」によって受賞している。
1966年のサスペンス小説の短編"The Master of the Hounds"はエドガー賞の候補になった [1]。
バドリスは結婚して4人の息子をもうけ、最期までイリノイ州エヴァンストン(Evanston)で暮らした。彼は悪性黒色腫の転移によって2008年6月9日に死亡した。[2]
日本では翻訳に恵まれていないが、単行本化されていない『無頼の月』は文学的な名作として、鏡明、殊能将之[3] らから高い評価を受けている。鏡明は2017年のインタビューで、『無頼の月』をアトリエサードから刊行予定で翻訳中であり、なおかつ、この作品は未完成であるため自身で続編を書きたいと、語っている[4]。
