アルバニア人
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アルバニアの住民の95%[注釈 1]、コソボの住民の92%を占め、その他にも北マケドニア共和国では人口の25%を占め北マケドニア国内最大の少数民族である。モンテネグロやセルビア、ギリシャなど、それ以外のバルカン半島諸国に少数が住む。
インド・ヨーロッパ語族系の古代民族イリュリア人の子孫とされ、かつてモンテネグロ人もイリュリア人であったとされる。南スラブ人の南下によってモンテネグロはスラヴ化されたが、アルバニア人は古代からの命脈を保っている。部族は、南部トスク地方に居住するトスク族 (Tosk) と北部とコソボ地域に居住するゲグ族 (Geg) に分かれており、トスク族が古代から交易を中心に生活していたのに対し、ゲグ族は山岳地帯で生活し、農耕が中心であるなど、両者の間で性格は大きく異なる。
コソボに暮らすアルバニア人の集団は総人口の90%以上を占めるが、1世紀近くにわたってセルビアもしくはユーゴスラビアの統治下に置かれており、セルビアからの分離を求めるアルバニア人とセルビア人の間で激しい対立がある。1999年のコソボ紛争後は国連の暫定統治機構の管理下に置かれ、セルビア共和国政府の実効支配は及んでいない。コソボは2008年に独立を宣言したものの、セルビアはその独立を認めておらず、コソボを自国の領土(コソボ・メトヒヤ自治州)とみなしている。コソボ国籍で海外に滞在するアルバニア人は30万人超と見積もられ、その目的は出稼ぎなど経済活動ほかである[22]。あるいはまたコソボに移民を希望するアルバニア人の2005年から2009年の統計では年間255人(2007年)未満である[22]。
また、北マケドニア西部と北部にもアルバニア人が多く住んでおり、彼らの権利を巡り、2001年にはアルバニア民族解放軍が北マケドニア政府に対する蜂起を開始(マケドニア紛争)。同紛争は年内に締結されたオフリド合意によって集結し、アルバニア人の権利を向上する代わりに民族解放軍が武装解除することを合意した。
宗教的には、大半がイスラム教であり、正教会(アルバニア正教)がそれに次ぐ。アルバニア本国に住むアルバニア人は、ほとんどが無宗教だともいわれている[23][24]。
歴史
言語
人口
| 人口 | 国・地域 |
|---|---|
| 340万 | |
| 150万 | |
| 50-130万 | |
| 50万9083 | |
| 48万1000 | |
| 4万 | |
| 3万2000 | |
| 37万5947 | |
| 15万7540 | |
| 2万2395 | |
| 3万5000 | |
| 9万5000 | |
| 1万5082 | |
| 1万1815 | |
遺伝子
アルバニア人のY-DNAは、ある調査では、ハプログループE1b1bが35.43%(79/223)、同Jが23.77%(53/223)、同R1bが18.39%(41/223)、同Iが13.00%(29/223)などとなっており[26]、アフリカを除くとハプログループEの割合が最も高い民族の一つ。