アルフレッド・グディ
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彼はウィリアム・ヘンリー・グディとローダ・ストラットの子として1878年にダービーで生まれた[1]。彼は自宅で、次いでウィットワース・スクールで教育を受けた後、ダービー美術学校(英語版)に通った[2]。1886年に油彩、水彩、版画、写真の蒐集を始め、ダービーに関するものならば何であれ、はるかアメリカまでそれを捜し求めた。さらに現在のダービーの姿を描くよう画家たちに依頼までした。いずれその姿が移り変わってしまう前に、記録に留めようとしたのである[2][3]。

グディは幅広い興味の持ち主で、博物学を好み、ダービーシャーを巡り歩いた。彼はアマチュアのシェイクスピア俳優であり、地元組織を作り、ランボーン・ロードの自宅近くに練習用の施設 ("The Loft") を用意していた。彼はプラス・フォーズ(英語版)(ゴルフ用半ズボン)を穿き、顎髭と口髭を一杯に生やした粋人で、サドラー・ゲートの行きつけのパブに通いつめてはその日の話題を語り合っていた。しかし彼は美術への熱意ゆえに、ダービー・スケッチング・クラブ(英語版)の代表となり、またダービーの歴史を残すに足る絵を見分ける眼力を得て、それが彼の著名さを確かなものとした[2]。
グディは19世紀から20世紀初頭にかけてのダービーに関する見事な記録蒐集を行ない、1936年に 500 点以上の絵画をダービー博物館・美術館へ寄贈した[4]。また彼は没するとき、博物館の増築用に 13,000 ポンドとさらに他の美術品をダービーに遺贈した[2]。彼は1945年にダービーで没し、博物館は今やグディのコレクションにとどまらず、ジョセフ・ライトの最大コレクションを擁している。グディのコレクションにはアルフレッド・キーン(英語版)の作品も含まれた。キーンはダービーのキーン一族の一人であり、父親は写真家でダービー・テレグラフ(英語版)発行者のリチャード・キーン(英語版)、兄弟にはウィリアム・キャクストン・キーンがいた。グディが博物館に寄贈した絵のうち 3 枚はアーネスト・エリス・クラーク(英語版)の絵だった。他に C.T. ムーアの絵もある。彼のコレクションの画像は、ダービー市議会が発行した『Goodey's Derby』という本で紹介されている[2]。
脚注
- ↑ “Alfred Goodey” (英語). GRO Birth index. 2010年7月3日閲覧。 - グディの家系
- 1 2 3 4 5 Allard, Sarah; Nicola Rippon (2003). Goodey's Derby. Breedon Books. pp. 1. ISBN 1 85983 379 9
- ↑ Sarah Allard, Nicola Rippon (2003) (英語). Goodey's Derby (Paintings and Drawing in the Collection of Derby Museum & Art Gallery). Breedon Books Publishing Co Ltd. ISBN 978-1859833797. http://www.amazon.co.uk/Goodeys-Paintings-Drawing-Collection-Gallery/dp/1859833799 2010年7月3日閲覧。
- ↑ “Derbyshire artists” (英語). Derbyshire UK. 2011年7月3日閲覧。