チェルシー磁器工房
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ヴィクトリア&アルバート博物館所蔵
チェルシー磁器工房(チェルシーじきこうぼう、英: Chelsea porcelain manufactory)はロンドンのチェルシーで1743年-1745年頃に創業した磁器工房。ドイツ・フランスから伝わった技術によって18世紀半ばにイングランド各地で磁器工房が開かれ始めたが、その中でもチェルシーは極めて優れた品質によって先駆的役割を果たし、重要な位置を占める[1][2]。貴族階級向けに作られた最も初期のソフトペースト磁器(2匹のヤギが座った形の水差し)は1745年のものである。工房の支配人は、かつて銀細工だったニコラス・スプリモント(1716年-1771年)だったが[1]、工房の沿革を知るための史料は殆ど残っていない。1750年まで大量に製作された初期の食卓用食器類は、マイセンおよび銀細工をモデルにしたものであり、例として貝殻の形を忠実に模した食卓用塩入れがある。
チェルシーはその(人物像などの)磁器像で知られている。1760年頃からは、マイセンよりもセーヴルの影響が強く見られる[1]。
1769年に工房はダービー磁器工房の所有者であるウィリアム・ドゥーズベリによって買い取られた。そして1784年に閉窯され、土、型、そして多くの職人たちと造形師たちはダービーに移った。この1769年-1784年の期間はチェルシー・ダービー時代と呼ばれ、両工房の製品に違いは見られない。
チェルシー工房の歴史は 4 期に大別でき、各々は製品の底の工房印から名付けられている。
上げた錨の時代 (1749年-1752年)
この時期には、表面を純白かつ僅かにマットにし描画できるよう、土と釉薬が改良された。イタリアの遺跡、港の風景、フランシス・バーロウ版イソップ寓話から採った題材といった古典的な図案から、マイセンの影響が明らかに窺える。1751年にはマイセンの食器セット 2 種の模造品が作られた。チェルシーはまた、マイセンのオリジナルに影響を受けた絵柄、鳥、動物の磁器を製作した。花と風景はヴァンセンヌの模倣である。
赤い錨の時代 (1752年-1756年)
金の錨の時代 (1756年-1769年)
セーヴルの影響が非常に強く、フランス風が際立っている。この時代においては、器形は複雑になり[1]、地は色彩豊かで、贅沢に金箔を使い、入念にロココ様式が施されている。1750年代と1760年代において、チェルシーは玩具製作でも有名になっており、例えばボンボニエール、香水瓶、携帯用飾り箱、指貫、小型の印章があり、それらの多くにはフランス語が記されていた。1769年、工房は経営が行き詰まり、ロイヤルクラウンダービーのウィリアム・ドゥーズベリによって買い取られ、1784年まで運営された。その間、チェルシーの製品はドゥーズベリのダービーの製品と見分けがつかず、この時期は一般に「チェルシー・ダービー時代」と呼ばれる。