アレクサンドリア大学
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| جامعة الإسكندرية | |
| ラテン語: Universitas Alexandrina | |
| 旧称 |
ファールーク1世大学 (1938年 – 1952年) |
|---|---|
| 種別 | 公立大学 |
| 設立年 | 1938年 |
| 創立者 | エジプト国王ファールーク1世 |
| 学長 | アブデラジーズ・コンソワ |
職員数 | 7,402人 |
| 学生総数 | 182,129人 |
| 学部生 | 143,553人 |
| 大学院生 | 8,752人 |
| 所在地 |
エジプト アレクサンドリア |
| キャンパス | 都市大学 |
| 学部数 | 23 |
| 公式サイト |
alexu |
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アレクサンドリア大学(アラビア語: جامعة الإسكندرية, 英: Alexandria University)は、エジプトのアレクサンドリアにある公立大学。1938年、首都カイロのフアード大学(今日のカイロ大学)のサテライト校として開設され、1942年に独立した大学となった。当初はエジプト国王ファールーク1世の名を取ってファールーク大学と称したが、1952年のエジプト革命後にアレクサンドリア大学に改称された。初代総長にはターハー・フセインが就任した。
今日ではエジプト第二の規模を有する大学で、各地の大学と提携関係にある。
アレクサンドリアにフアード1世大学(現在のカイロ大学)の分校を開設する案は1938年8月4日の大学理事会で承認され、その二日後には閣議でも了承された。
当初はザルフダキ広場が大学の敷地として貸与され、1938年10月15日に教養学部と法学部の2学部が活動を開始した。1941年には工学部が開設された。1942年8月2日の勅令32号により、正式にファールーク1世大学として開校した。当初は教養・法・医・理・工・農・商の7学部制で、学生数は1,171名であった[1]。法学部は中学校の校舎を間借りしていた。同年にはダマンフールに農学部が開設された。
1952年のエジプト革命後、大学名がアレクサンドリア大学に改称された。
大学はその後、規模を拡大し続け、1957年には芸術学部、1975年には獣医学部が設けられた。1980年代から1990年代には分校も開校したほか、ヘルワーン大学からいくつかの学部が移管された。21世紀に入って以降はチャドのンジャメナ(2010年)や南スーダンのジュバ(2014年)など、国外にも分校を新設している[2]。
大学組織
学部
1942年に正式に開校した当時に存在した学部は下記の通り。
- 農学部
- 医学部(1942年)
- 教養学部(1938年)
- 経営学部(旧商学部)
- 工学部(1941年)
- 法学部(1938年)
- 理学部(1942年)
1989年には、ヘルワーン大学がアレクサンドリア市内に置いていた4学部(農学部、芸術学部、男子体育学部、女子体育学部)がアレクサンドリア大学に移管された。
今日は下記の24学部制となっている。
- 教養学部(1938年)
- 法学部(1938年)
- 経営学部(1942年)
- 工学部(1942年)
- 理学部(1942年)
- 農学部(1942年)
- 医学部(1942年)
- 薬学部(1947年)
- 看護学部(1954年)
- 女子体育学部(1954年)
- 男子体育学部(1955年)
- 公衆衛生高等研究所(1956年)
- 芸術学部(1957年)
- サーバ・バシャ農学部(1959年)
- 教育学部(1966年)
- 歯学部(1970年)
- 大学院研究所(1972年)
- 獣医学部(1975年)
- 医学研究所(1975年)
- 観光ホテル学部(1982年)
- 特殊教育学部(1988年)
- 幼児教育学部(1989年)[3]
- 政治経済学部(2014年)
- コンピュータ-・データサイエンス学部(2019年)[4]
分校
- チャド分校(2010年開設)
- 南スーダン分校(2014年)
- アレクサンドリア国立大学(2021年)
- ボルグ・エララブ・エル=ゲディーダ分校
- イラク分校
