アンジェルジェ
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| アンジェルジェ Ingelger | |
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オルレアン副伯 トゥール副伯 アンジェ副伯 アンジュー伯 | |
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サン=トーバンの記録文書には、フルク1世ル・ルーによる寄付が記載されており、その父としてアンジュー副伯アンジェルジェが挙げられている。(ms.829 BmA)) | |
| 在位 |
オルレアン副伯:877年 - 888年頃 トゥール副伯:878年 - 887年以降 アンジュー伯:870年 - 888年頃 アンジェ副伯:877年 - 888年頃 |
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| 出生 |
840年頃 |
| 死去 |
888年頃 |
| 埋葬 |
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| 配偶者 | アダライス・ド・ビュザンセ |
| 子女 | フルク1世 |
| 家名 | アンジェルジェ家 |
| 父親 | テルチェル・デュ・ガティネ |
| 母親 | ペトロニラ |
アンジェルジェ(Ingelger,840年頃 - 888年頃)[1]ラテン語でインゲルガリウス(Ingelgarius)は、9世紀末期のアンジェ副伯・オルレアン副伯である。
アンジェルジェの名は929年の勅許状で知られており、アンジュー伯フルク1世ル・ルー(赤毛伯)の父であることが記されている。
しかし、現存する文献からはそれ以上の情報は得られず、アンジェルジェに関する情報は12世紀より3世紀後に書かれたアンジュー伯の年代記『アンジュー家領事年表(Chronica de Gesta Consulum Andegavorum)』から得た情報である。
他、歴代アンジュー伯の功績を記した年代記『勇猛なるアンジュー伯年代記』は、1100年から1140年にかけて、アンジューの修道僧がアンジェルジェの子孫にあたるアンジュー伯フルク4世の依頼を受けて書き上げたものである。