アンティオキアのペラギア
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冒頭で記載している15歳で殉教した少女ペラギアの他に、アンティオキアのペラギアと呼ばれる聖人は何人か存在する[1][3]。
エルサレムのオリーブ山で贖罪したペラギア[注 3]もアンティオキアのペラギアと呼ばれる。このエルサレムのペラギアは『黄金伝説』の聖女ペラギアの項(The Life of S. Pelagienne)などで聖人伝が伝えられており、マルガリタ、マリナとも呼ばれる[4][5][3]。
また、タルソスのペラギア[注 4]もアンティオキアのペラギアと呼ばれる。このペラギアについては15歳の殉教者ペラギアと贖罪者のペラギアを組み合わせた聖人伝が伝えられている[6]。
この他にも、アルメニアのニコポリスでヤヌアリウスと共に殉教したといわれるペラギアがおり、『ヒエロニムスの殉教者伝』に7月11日の殉教者として概略のみ記録されている。このペラギアはベーダ・ヴェネラビリスが書き記した殉教録にも名前が残されている[7]。