アンドラの共同公
アンドラ公国の共同国家元首
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アンドラの共同公(あんどらのきょうどうこう、カタルーニャ語: Coprínceps d'Andorra)は、アンドラ公国の共同国家元首。アンドラ公国は共同君主制を敷いており、ウルヘル司教とフランス大統領がこの地位に就いている。
初代
ペール・ドゥルツ
ロジェ=ベルナール3世 (フォワ伯)
ロジェ=ベルナール3世 (フォワ伯)
成立
1278年
アンドラの共同公 | |
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カタルーニャ語: Co-Príncep d'Andorra フランス語: Co-Prince d'Andorre スペイン語: Co-Príncipes de Andorra | |
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| 在位中のアンドラの共同公 | |
| ウルヘル司教 ジョゼップ=ルイス・セラーノ・ペンティナト 2025年5月31日より | |
| 在位中の共同君主 | |
| フランス大統領 エマニュエル・マクロン 2017年5月14日より | |
| 詳細 | |
| 敬称 |
Monsignor (猊下、ウルヘル司教) Excellency (閣下、フランス大統領)[1] |
| 初代 |
ペール・ドゥルツ ロジェ=ベルナール3世 (フォワ伯) |
| 成立 | 1278年 |
| 宮殿 |
ラ・セ・ウドゥルジェイ大聖堂(スペイン) エリゼ宮(フランス) |
| 任命権者 |
ローマ教皇(ウルヘル司教・終身) フランス市民(フランス大統領・5年) |
歴史
→「アンドラ § 歴史」も参照
アンドラは9世紀にウルヘル伯領が設置されたことを起源とする[2]。839年にウルヘル司教はアンドラへの教権行使を認められ、やがて世俗的な権力も持つようになっていった。またウルヘル司教は地元の豪族に権利を分け与えたが、フォワ伯がやがてそれを継承するようになる。両者はアンドラの統治権をめぐって対立するようになったが、1278年に徴税・裁判・徴兵といった封建領主権を共有する対等の領主とする宗主契約が成立した[2]。
フォワ伯の請求権は、1479年にナバラ王が継承し、1589年以降はフランス革命までフランス国王が継承した[2]。フランス革命期には関係が断絶したものの、以降はフランスの国家元首がウルヘル司教と共に共同公の地位にある。