アンドレイ・パベル
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アンドレイ・パベル | ||||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
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| 出身地 | 同・コンスタンツァ | |||
| 生年月日 | 1974年1月27日(51歳) | |||
| 身長 | 182cm | |||
| 体重 | 86kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 片手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 1990年 | |||
| 引退年 | 2009年 | |||
| ツアー通算 | 9勝 | |||
| シングルス | 3勝 | |||
| ダブルス | 6勝 | |||
| 生涯通算成績 | 419勝402敗 | |||
| シングルス | 277勝266敗 | |||
| ダブルス | 142勝136敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $5,225,028 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 4回戦(1999・2004) | |||
| 全仏 | ベスト8(2002) | |||
| 全英 | 3回戦(2000・02) | |||
| 全米 | 4回戦(2000・04) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | ベスト8(2005) | |||
| 全仏 | ベスト4(2006) | |||
| 全英 | 3回戦(2004・07・09) | |||
| 全米 | 2回戦(2004・07) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 13位(2004年10月25日) | |||
| ダブルス | 18位(2007年4月30日) | |||
アンドレイ・パベル(Andrei Pavel, 1974年1月27日 - )は、ルーマニア・コンスタンツァ出身の男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス3勝、ダブルス6勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス13位、ダブルス18位。身長182cm、体重86kg、右利き。
アンドレイ・パベルは1991年に男子テニス国別対抗戦デビスカップルーマニア代表選手に初選出され、1992年全仏オープン男子ジュニア部門で優勝した。1994年以後デビスカップに連続出場を続け、これまでにチーム歴代3位の40勝22敗(シングルス32勝15敗、ダブルス8勝7敗)を記録している。パベルのツアー初優勝は、1998年4月のジャパン・オープン・テニス選手権である。決勝でバイロン・ブラックを6-3, 6-4で破り、初めてのシングルスのタイトルを日本で獲得した。4大大会で初めての好成績は、1999年全豪オープン4回戦進出である。2000年全米オープンでも初の4回戦に進出した。2001年のカナダ・マスターズで、パベルはパトリック・ラフターを7-6, 2-6, 6-3で破って優勝したが、これが最後の優勝となり、その後は4度の決勝で敗れている。
2002年全仏オープンで、パベルはアレックス・コレチャとの準々決勝まで勝ち進み、4大大会の自己最高成績を出した。2004年は全豪オープンと全米オープンの2大会で4回戦進出を記録し、同年10月25付で世界ランキングを自己最高の13位となった。全豪オープン4回戦では第3シードのフアン・カルロス・フェレーロに競り負け、全米オープンでは第1シードのロジャー・フェデラーとの4回戦を棄権した。デビスカップ2005では好成績を出し、デビスカップルーマニア代表はワールドグループ1回戦でベラルーシを破り、クロアチアとの準々決勝に進んだ。2006年はダブルスで年間3勝を挙げ、全仏オープン男子ダブルスでアレクサンダー・ワスケとペアを組んで準決勝に進出している。全米オープンシングルス1回戦で、パベルはこの大会を最後に現役引退することになったアンドレ・アガシと対戦し、第1セットから第3セットまでタイブレークにもつれこみ、パベルは第1セットを先取するも6-7, 6-7, 2-6でアガシに敗れた。
パベルは1992年バルセロナ五輪から2004年アテネ五輪まで、4大会連続でオリンピックに出場している。シングルス・ダブルスとも全て初戦で敗退し、勝利を挙げることは出来なかった。
パベルは2009年に35歳で現役を引退した。引退した2009年からデビスカップルーマニア代表監督に就任し、2011年にはエレナ・ヤンコビッチのコーチを務めるなど、指導者として活動している。