エレナ・ヤンコビッチ

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出身地 同・ベオグラード
生年月日 (1985-02-28) 1985年2月28日(41歳)
身長 177cm
エレナ・ヤンコビッチ
Jelena Janković
エレナ・ヤンコビッチ
基本情報
国籍 セルビアの旗 セルビア
出身地 同・ベオグラード
生年月日 (1985-02-28) 1985年2月28日(41歳)
身長 177cm
体重 59kg
利き手
バックハンド 両手打ち
デビュー年 2000年
引退年 2022年
生涯獲得賞金 19,089,259 アメリカ合衆国ドル
ツアー経歴・シングルス
ツアー通算 15勝
自己最高ランク 1位(2008年8月11日)
生涯通算成績 644勝370敗
4大大会最高成績・シングルス
全豪オープン ベスト4(2008)
全仏オープン ベスト4(2007・08・10)
ウィンブルドン 4回戦(2006-08・10・15)
全米オープン 準優勝(2008)
ツアー経歴・ダブルス
ツアー通算 2勝
自己最高ランク 19位(2014年6月9日)
生涯通算成績 109勝134敗
4大大会最高成績・ダブルス
全豪オープン 3回戦(2008・13)
全仏オープン 3回戦(2013・14)
ウィンブルドン ベスト8(2013)
全米オープン 3回戦(2006・13・15)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪オープン 2回戦(2007・12)
全仏オープン 2回戦(2013・16)
ウィンブルドン 優勝(2007)
全米オープン 1回戦(2005)
優勝回数 1(英1)
国別対抗戦最高成績
BJK杯 準優勝(2012)
ホップマン杯 準優勝(2008)
2019年2月3日現在

エレナ・ヤンコビッチJelena Janković, セルビア語: Јелена Јанковић, 1985年2月28日 - )は、セルビアベオグラード出身の女子プロテニス選手。2008年全米オープン女子シングルス準優勝者。2007年ウィンブルドン選手権混合ダブルスで、ジェイミー・マリーイギリス)とペアを組んだ優勝がある。これまでにWTAツアーでシングルス15勝、ダブルス2勝を挙げている。WTAランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス19位。身長177cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

ヤンコビッチは兄の勧めにより、9歳半という比較的遅い年齢からテニスを始めた。2001年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップセルビア・モンテネグロ代表選手になる。故国が多難な歴史をたどる中、ヤンコビッチは2004年アテネ五輪のセルビア・モンテネグロ代表選手に選ばれたが、女子シングルス1回戦でコロンビア代表のファビオラ・ズルアガに敗れた。アテネ五輪の3ヶ月前、2004年5月にハンガリーブダペストの大会でツアー初優勝を果たす。2005年度は3つの大会で決勝に進出したが、いずれも準優勝で止まった。

ヤンコビッチの4大大会挑戦は、2003年全豪オープンから始まる。この大会では予選3試合を勝ち抜き、本戦2回戦でアマンダ・クッツァー南アフリカ共和国)に挑戦した。それからしばらく予選敗退が続いたが、2004年全豪オープンから本戦に直接出場できる力をつけた。2005年ウィンブルドン全米オープンの2大会連続で3回戦に進出し、徐々に実力を上げる。2006年ウィンブルドン3回戦で、エレナ・ヤンコビッチは大会前年優勝者のビーナス・ウィリアムズを 7-6, 4-6, 6-4 で破ったが、続く4回戦でロシアアナスタシア・ミスキナに敗れた。同年の全米オープンで、ヤンコビッチは初めての4大大会女子シングルス準決勝進出を果たす。3回戦ではチェコの17歳ニコル・バイディソバ、4回戦では2004年度の優勝者スベトラーナ・クズネツォワ、初進出の準々決勝ではエレーナ・デメンチェワを破って勝ち進んだが、準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに 6-4, 4-6, 0-6 で逆転負けした。

2007年のシーズンに入ると、ヤンコビッチは女子ツアーで年間4勝をマークし、世界ランキングでも大きく躍進した。同年の全仏オープンでも初の準決勝進出を決めたが、ここでもエナンに敗れた。この大会では、ライバルのアナ・イバノビッチが女子シングルス準優勝者になった。続くウィンブルドンで、ヤンコビッチはジェイミー・マリーアンディ・マリーの兄)と混合ダブルスのペアを組み、決勝でヨナス・ビョルクマンスウェーデン)&アリシア・モリクオーストラリア)組を 6-4, 3-6, 6-1 で破って初優勝した。

2008年全豪オープン準決勝で、第3シードのヤンコビッチはマリア・シャラポワに 3-6, 1-6 で敗れた。これで彼女はウィンブルドンを除く4大大会でシングルスのベスト4に入ったことになる。同年の全仏オープン準決勝では、ヤンコビッチとイバノビッチによる「セルビア対決」が実現し、ヤンコビッチはイバノビッチに 4-6, 6-3, 4-6 で敗れた。2か月後の8月11日、ヤンコビッチは初めて世界ランキング1位の座についた。全米オープンでは第2シードから初の4大大会決勝戦に進出したが、セリーナ・ウィリアムズに 4-6, 5-7 で敗れて準優勝に終わった。

セルビア・モンテネグロの分離により、エレナ・ヤンコビッチは現在「セルビア」国籍でプレーしている。

その他の活動

ヤンコビッチは現役大学生として、母国セルビアのメガトレンド大学で経済学を専攻している。2007年12月には、セルビア・ユニセフ協会よりユニセフ国内委員会大使に任命され、慈善活動やチャリティーなどを行っている。

2008年には彼女のツアーでの活動を収めたドキュメンタリー映画“JELENIN SVET”(邦訳:「エレナの世界」)が制作され、同年10月にセルビア国内で公開された。

WTAツアー決勝進出結果

4大大会シングルス成績

外部リンク

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