エレナ・ヤンコビッチ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||
|---|---|---|---|---|
|
エレナ・ヤンコビッチ | ||||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 |
| |||
| 出身地 | 同・ベオグラード | |||
| 生年月日 | 1985年2月28日(41歳) | |||
| 身長 | 177cm | |||
| 体重 | 59kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| デビュー年 | 2000年 | |||
| 引退年 | 2022年 | |||
| 生涯獲得賞金 | 19,089,259 アメリカ合衆国ドル | |||
| ツアー経歴・シングルス | ||||
| ツアー通算 | 15勝 | |||
| 自己最高ランク | 1位(2008年8月11日) | |||
| 生涯通算成績 | 644勝370敗 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪オープン | ベスト4(2008) | |||
| 全仏オープン | ベスト4(2007・08・10) | |||
| ウィンブルドン | 4回戦(2006-08・10・15) | |||
| 全米オープン | 準優勝(2008) | |||
| ツアー経歴・ダブルス | ||||
| ツアー通算 | 2勝 | |||
| 自己最高ランク | 19位(2014年6月9日) | |||
| 生涯通算成績 | 109勝134敗 | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪オープン | 3回戦(2008・13) | |||
| 全仏オープン | 3回戦(2013・14) | |||
| ウィンブルドン | ベスト8(2013) | |||
| 全米オープン | 3回戦(2006・13・15) | |||
| 4大大会最高成績・混合ダブルス | ||||
| 全豪オープン | 2回戦(2007・12) | |||
| 全仏オープン | 2回戦(2013・16) | |||
| ウィンブルドン | 優勝(2007) | |||
| 全米オープン | 1回戦(2005) | |||
| 優勝回数 | 1(英1) | |||
| 国別対抗戦最高成績 | ||||
| BJK杯 | 準優勝(2012) | |||
| ホップマン杯 | 準優勝(2008) | |||
| 2019年2月3日現在 | ||||
エレナ・ヤンコビッチ(Jelena Janković, セルビア語: Јелена Јанковић, 1985年2月28日 - )は、セルビア・ベオグラード出身の女子プロテニス選手。2008年全米オープン女子シングルス準優勝者。2007年ウィンブルドン選手権混合ダブルスで、ジェイミー・マリー(イギリス)とペアを組んだ優勝がある。これまでにWTAツアーでシングルス15勝、ダブルス2勝を挙げている。WTAランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス19位。身長177cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
ヤンコビッチは兄の勧めにより、9歳半という比較的遅い年齢からテニスを始めた。2001年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのセルビア・モンテネグロ代表選手になる。故国が多難な歴史をたどる中、ヤンコビッチは2004年アテネ五輪のセルビア・モンテネグロ代表選手に選ばれたが、女子シングルス1回戦でコロンビア代表のファビオラ・ズルアガに敗れた。アテネ五輪の3ヶ月前、2004年5月にハンガリー・ブダペストの大会でツアー初優勝を果たす。2005年度は3つの大会で決勝に進出したが、いずれも準優勝で止まった。
ヤンコビッチの4大大会挑戦は、2003年全豪オープンから始まる。この大会では予選3試合を勝ち抜き、本戦2回戦でアマンダ・クッツァー(南アフリカ共和国)に挑戦した。それからしばらく予選敗退が続いたが、2004年の全豪オープンから本戦に直接出場できる力をつけた。2005年はウィンブルドンと全米オープンの2大会連続で3回戦に進出し、徐々に実力を上げる。2006年のウィンブルドン3回戦で、エレナ・ヤンコビッチは大会前年優勝者のビーナス・ウィリアムズを 7-6, 4-6, 6-4 で破ったが、続く4回戦でロシアのアナスタシア・ミスキナに敗れた。同年の全米オープンで、ヤンコビッチは初めての4大大会女子シングルス準決勝進出を果たす。3回戦ではチェコの17歳ニコル・バイディソバ、4回戦では2004年度の優勝者スベトラーナ・クズネツォワ、初進出の準々決勝ではエレーナ・デメンチェワを破って勝ち進んだが、準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに 6-4, 4-6, 0-6 で逆転負けした。
2007年のシーズンに入ると、ヤンコビッチは女子ツアーで年間4勝をマークし、世界ランキングでも大きく躍進した。同年の全仏オープンでも初の準決勝進出を決めたが、ここでもエナンに敗れた。この大会では、ライバルのアナ・イバノビッチが女子シングルス準優勝者になった。続くウィンブルドンで、ヤンコビッチはジェイミー・マリー(アンディ・マリーの兄)と混合ダブルスのペアを組み、決勝でヨナス・ビョルクマン(スウェーデン)&アリシア・モリク(オーストラリア)組を 6-4, 3-6, 6-1 で破って初優勝した。
2008年全豪オープン準決勝で、第3シードのヤンコビッチはマリア・シャラポワに 3-6, 1-6 で敗れた。これで彼女はウィンブルドンを除く4大大会でシングルスのベスト4に入ったことになる。同年の全仏オープン準決勝では、ヤンコビッチとイバノビッチによる「セルビア対決」が実現し、ヤンコビッチはイバノビッチに 4-6, 6-3, 4-6 で敗れた。2か月後の8月11日、ヤンコビッチは初めて世界ランキング1位の座についた。全米オープンでは第2シードから初の4大大会決勝戦に進出したが、セリーナ・ウィリアムズに 4-6, 5-7 で敗れて準優勝に終わった。
セルビア・モンテネグロの分離により、エレナ・ヤンコビッチは現在「セルビア」国籍でプレーしている。
その他の活動
ヤンコビッチは現役大学生として、母国セルビアのメガトレンド大学で経済学を専攻している。2007年12月には、セルビア・ユニセフ協会よりユニセフ国内委員会大使に任命され、慈善活動やチャリティーなどを行っている。
2008年には彼女のツアーでの活動を収めたドキュメンタリー映画“JELENIN SVET”(邦訳:「エレナの世界」)が制作され、同年10月にセルビア国内で公開された。