アンハルト公国

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1863年-1871年 レオポルト4世
創設 1863年
アンハルト公国
Herzogtum Anhalt (ドイツ語)
アンハルト公国の位置
ドイツ帝国内におけるアンハルト公国の位置(1871年)
首都 デッサウ
公爵
1863年 - 1871年 レオポルト4世
1918年 - 1918年 ヨアヒム・エルンスト
変遷
創設 1863年
滅亡 1918年
先代 次代

アンハルト公国(アルハントこうこく、ドイツ語: Herzogtum Anhalt)は、ドイツ中部にかつて存在した領邦国家である。首都はデッサウに置かれた。

1863年に、アスカーニエン家のアンハルト諸国が統合され成立。ドイツ帝国が成立するとその構成国としてドイツ革命まで存続した。

アンハルト公国の版図

アンハルト公国はドイツ中部、現在はザクセン=アンハルト州に属する地域にあった。首都はエルベ川沿いの都市デッサウ

ドイツ帝国の諸領邦は多くの飛地を有し入り組んでいたが、アンハルト公国もその例に漏れなかった。首都デッサウを含むアンハルト公国の「本土」は、北東から西にかけてツェルプスト (de:Zerbst/Anhalt) 、デッサウ、ケーテンベルンブルク (de:Bernburg (Saale)) の4県に分けられていた。西方にまとまった飛び地であるバーレンシュタット (de:Ballenstedt) が位置し、その他小規模の飛地からなっていた。

周囲はプロイセン王国に囲まれ、バーレンシュタットでブラウンシュヴァイク公国領とも隣接していた。

歴史

君主一覧

脚注

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