アン・カリー
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父親がアメリカ人で母親が日本人のハーフ。 父親のボブ・カリーはコロラド州プエブロ出身でチェロキー、フランス、ドイツ、スコットランド、アイルランドの流れを汲むアメリカ人である。母親のナガセ・ヒロエは日本人[4]で山形県の米作農家の出身であり、太平洋戦争の終戦後に東京の路面電車の車掌として働いていた際に、進駐軍として駐留していたアメリカ海軍軍人[5]の父親と知り合い、アメリカ軍側は二人の結婚に反対だったが、2年後に日本に行き結婚した。その後、父親の勤務に伴いグアムに居住していた際に生まれたのがカリーである。
海軍勤務である父親は転勤が多かった。カリーはカリフォルニア州のサンディエゴやアラメダ、長崎県佐世保市、バージニア州バージニアビーチなどで育った。佐世保では米軍基地内のアーネスト・キング・スクールに通い、オレゴン州アシュランドに引越しアシュランド高等学校を卒業後、1978年オレゴン大学ジャーナリズム学で文学士を取得し卒業した。[6]
改宗した母親の影響でカトリック教徒である。
大学時代に出会ったソフトウェア会社幹部である夫、ブライアン・ロスとの間に娘、マッケンジーと息子、ウィリアム・ウォーカー・カリー・ロスがあり、現在はニューヨークのグラマシーパーク(Gramercy Park)地区に居住している。日本語は片言程度である。母親は2001年、胆嚢癌により死亡した。
