アーネスト・オースティン

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アーネスト・オースティンErnest Austin, 1874年12月31日 - 1947年7月24日)はイギリス作曲家バリトン歌手で作曲家フレデリック・オースティンは弟である。

実業界で身を立てた後、1907年より作曲に着手。作曲は独学であった。

今日では殆ど忘れられており、浩瀚な『ニューグローヴ世界音楽大事典』においてすら見出し項目が存在しない[1]が、生前は多少の成功をおさめ、ヘンリー・ウッドプロムナードコンサートでも取り上げられた。歌曲の多作家であり、気分の変化の激しいものから、真面目なシェイクスピア歌曲、感傷的なもしくは粗野な性格のバラードまでを手懸けた。また、当時の習慣に則って、他人の作品をピアノ曲に編曲することも行なっている。

最も有名な作品は、おそらく《天路歴程》であろう。これはジョン・バニヤンの作品を原作とした、パイプオルガンのための12楽章からなる音詩である。演奏に3時間弱を要する。

音楽の場面ごとに何が起こっているかを説明する台本があり、これは語り手が読み上げてよい。さらに12の楽章には任意のパートが含まれている。すなわち、混声合唱(第1ソプラノ、第2ソプラノ、アルト、第1テノール、第2テノール、バス)やベル、ヴァイオリン独奏のことである[2]。蘇演は1988年11月にコーンヒルの聖マイケル聖堂においてオルガン奏者のケヴィン・ボウヤーによって実現された。ボウヤーはその後も機会あるごとに《天路歴程》の演奏を続けている[3][4]

主要作品一覧

参考文献

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