アーマー・ロリー=コリー (初代ベルモア伯爵)
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アイルランド庶民院議員ガルブレイス・ロリー(1706年7月11日 – 1769年12月28日、ロバート・ロリーの三男)と妻サラ(1779年没、ジョン・コリーの娘)の三男として、1740年4月7日に生まれた[1][2]。1764年に父が義姉妹マーサの遺産を相続すると、父とともに「コリー」を姓に加えた[2]。長兄ロバート(1734年8月19日生まれ)と次兄ジョン(1735年9月23日 – 1752年)が早世したこともあり[2]、1769年12月28日に父が死去すると家督を相続、同年にティロン県長官を務めた[1]。1779年に母方のコリー家の遺産、すなわちファーマナ県キャッスル・クールの地所を相続して[2]、同年にファーマナ県長官を務めた[1]。
父は1748年から1768年までティロン県選挙区の代表として議員を務めており、アーマーも1768年にティロン県選挙区で当選して議員に就任した[1]。1781年1月6日にアイルランド貴族であるファーマナ県におけるキャッスル・クールのベルモア男爵に叙され、1782年2月4日にアイルランド貴族院議員に就任した[1]。その後、1789年12月6日に同じくアイルランド貴族であるベルモア子爵、1797年11月20日にベルモア伯爵に叙された[1]。このうち、1789年の子爵への昇叙は当時のアイルランド総督である初代バッキンガム侯爵によると、自身の掌握しているアイルランド庶民院の1議席を政府に与える(政府の支持者を当選させる)ことを代償に購入したものだった[1]。
アイルランドで多くの領地を所有する大地主であり、1799年時点での領地が年収12,000ポンドに相当するとされた[1]。領地からの年収順では1799年時点で上位の30人に含まれる1人だった[3]。
