アーモル
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歴史
古代からイスラーム以前
アーモルはイランでも最古級の都市の一つとされ、その起源は紀元前1千年紀にさかのぼると推定されている。
古代には、アマルド人と呼ばれる民族がこの地域に居住し、アケメネス朝ペルシアの下で、メディア征服やサルディス占領、オピスの戦いなどに従軍したと伝えられる。
一部の歴史家は、サーサーン朝の王フィルーズ・シャーが妃の願いに応じて、この地に「アメレ」と名付けられた繁栄した都市を築いたとする伝承も紹介している。
イスラーム征服とアッバース朝期 ===
イスラーム勢力がこの地域に侵入した際、アーモルの住民は当初アラブ軍に対して強く抵抗した。
それにもかかわらず、ウマイヤ朝・アッバース朝の支配が確立されると、アーモルは9世紀にはイラン有数の大都市の一つとなり、タバリスターン地方における政治・商業・学問の中心地として発展した。
アッバース朝の高官ハーリド・イブン・バルマクが当地に宮殿を築き、長年にわたり統治したことも記録されている。
一方で、ターヒル朝の地方統治に対する不満が高まり、住民はハサン・イブン・ザイドを支持してアッバース朝に反旗を翻し、タバリスターン・アラヴィー政権(ザイド派政権)が樹立され、その中心都市がアーモルに置かれたとされる。
中世の王朝交代と都としての役割
その後、アーモルはバーヴァンド朝やその他の地方王朝の支配下に入り、サルジュク朝の影響力が弱まると、バーヴァンド家の諸王がこの都市を拠点として支配を行った。
13世紀には、キーンフワーリーヤ系バーヴァンド朝のホサーム・アッダウラ・アルダシールが、従来の首都サーリーからアーモルへと首都を移し、この地をタバリスターン支配の中枢とした。
モンゴル時代以降とティムールの襲来
モンゴル帝国の侵攻により、アーモルを含めたマザンダラーン一帯は甚大な被害を受けた。また、14世紀末には、ティムールの軍勢がアーモルを襲撃・略奪し、都市は大きな打撃を受けて衰退した。
しかし、その後も地域勢力の拠点として一定の都市機能を維持し、マラーシー家の蜂起など、マザンダラーンの政治史における重要な舞台であり続けた。
近世・近代の変化
サファヴィー朝期には、アーモルは再び注目を集め、シャー・アッバースの命で宮殿や貯水施設(アーブ・アンバール)が整備され、破壊されていたミール・ガヴァームッディーン(ミール・ボゾルグ)の廟も壮麗に再建されたと伝えられる。
近代に入ると、ナースィルッディーン・シャー期の技術官僚アミーン・オッザルブの構想の下、アーモルとマフムードアーバード港および鉄鉱山を結ぶ短距離鉄道や、イラン初の製鉄所が建設されるなど、早期の近代化事業の舞台ともなった。
この鉄道と製鉄事業は、イランにおける鉄道・重工業導入の先駆例とされるが、鉄道は地元住民やロシアの介入などにより本格的には運用されずに終わったとされる。
パフラヴィー朝からイラン革命後
パフラヴィー朝期、とりわけレザー・パフラヴィーの治世には、道路整備や学校、官庁舎、橋梁などの建設が進められ、アーモルの都市景観は大きく変貌した。さらに、オーストリア人やドイツ人技師の手でモアラグ橋や市庁舎、ホテル、学校などが建設され、マザンダラーン州北部の近代的地方都市としての性格が強まっていった。
モハンマド・レザー・パフラヴィーの時代には、新たな幹線道路整備や病院、紡績・織物工場なども建設され、都市の拡大と近代化がさらに進展した。
1980年代のアーモル蜂起
イラン・イスラーム革命後の1980年代初頭、共産主義組織「イラン共産主義者同盟」(いわゆるマルクス・レーニン主義・毛沢東主義系の組織)が、アーモル周辺の森林を拠点としてゲリラ戦を構想し、1981年から82年にかけて武装蜂起を試みた。
1982年1月25日前後の蜂起では、市の掌握と革命防衛隊などの拠点制圧を目標としたが、住民と治安部隊の抵抗に遭い、数日のうちに鎮圧された。
蜂起は軍事的には失敗に終わり、多くの幹部や戦闘員が処刑された一方で、この事件はイラン左翼運動史の中で象徴的な出来事として語り継がれている。
地理
カスピ海沿岸の低地から内陸に伸びる肥沃な平野部と、アルボルズ山脈の山麓との境界付近に立地する。
ハラズ川の河岸に位置し、標高およそ76メートルの低地に広がる都市である。
カスピ海から約18キロメートル南、アルボルズ山脈の北麓から約10キロメートルという位置にあり、海と山に挟まれた帯状の肥沃な地域に立地している。
首都テヘランからはハラズ道路を経由しておよそ180キロメートルの距離にあり、景観の優れた山岳道路で結ばれている。
マーザンダラーン州の州都サーリーまでは東へ約60〜70キロメートルで、マーザンダラーン州内の他都市とも道路網によって連絡している。
アーモル周辺は起伏のある丘陵と谷が連なり、森林が比較的濃く分布している。
非常に暑い夏と、冷涼で湿潤な冬を伴う地中海性気候に属している。
| アーモル (2001-2005)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 13.0 (55.4) |
13.8 (56.8) |
15.7 (60.3) |
19.0 (66.2) |
23.6 (74.5) |
27.0 (80.6) |
29.9 (85.8) |
31.2 (88.2) |
28.4 (83.1) |
24.7 (76.5) |
19.1 (66.4) |
14.0 (57.2) |
21.62 (70.92) |
| 日平均気温 °C (°F) | 8.4 (47.1) |
9.1 (48.4) |
11.5 (52.7) |
15.0 (59) |
19.9 (67.8) |
23.6 (74.5) |
26.0 (78.8) |
27.0 (80.6) |
24.3 (75.7) |
20.1 (68.2) |
14.3 (57.7) |
9.7 (49.5) |
17.41 (63.33) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 3.8 (38.8) |
4.5 (40.1) |
7.6 (45.7) |
11.0 (51.8) |
16.2 (61.2) |
20.2 (68.4) |
22.1 (71.8) |
22.7 (72.9) |
20.2 (68.4) |
15.5 (59.9) |
9.6 (49.3) |
5.3 (41.5) |
13.23 (55.82) |
| 降水量 mm (inch) | 65.39 (2.5744) |
55.25 (2.1752) |
55.23 (2.1744) |
32.23 (1.2689) |
22.10 (0.8701) |
15.54 (0.6118) |
15.14 (0.5961) |
18.65 (0.7343) |
63.84 (2.5134) |
71.39 (2.8106) |
95.56 (3.7622) |
72.61 (2.8587) |
582.93 (22.9501) |
| % 湿度 | 79 | 76 | 79 | 77 | 75 | 75 | 75 | 75 | 77 | 78 | 79 | 81 | 77.2 |
| 平均月間日照時間 | 131 | 135.5 | 124.5 | 134.3 | 188.5 | 192.2 | 206.6 | 179.2 | 134.6 | 164.2 | 142.9 | 129.7 | 1,863.2 |
| 出典:IRIMO(Temperatures[1]), (Precipitation 2001-2010[2][3]), (Humidity[4]), (Sun[5]) Snow depth (2007-2023)[6] | |||||||||||||
| アーモルの気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 11.5 (52.7) |
11.8 (53.2) |
14.5 (58.1) |
19.8 (67.6) |
25.1 (77.2) |
29.8 (85.6) |
32.3 (90.1) |
31.9 (89.4) |
29.0 (84.2) |
23.8 (74.8) |
18.6 (65.5) |
13.9 (57) |
21.83 (71.28) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 3.2 (37.8) |
4.0 (39.2) |
7.0 (44.6) |
11.5 (52.7) |
16.5 (61.7) |
21.0 (69.8) |
23.3 (73.9) |
23.0 (73.4) |
20.0 (68) |
14.6 (58.3) |
9.6 (49.3) |
5.2 (41.4) |
13.24 (55.84) |
| 雨量 mm (inch) | 80 (3.15) |
58 (2.28) |
59 (2.32) |
29 (1.14) |
19 (0.75) |
19 (0.75) |
20 (0.79) |
49 (1.93) |
70 (2.76) |
139 (5.47) |
100 (3.94) |
107 (4.21) |
749 (29.49) |
| 降雪量 cm (inch) | 1.2 (0.47) |
3.1 (1.22) |
1.6 (0.63) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
0.0 (0) |
1.2 (0.47) |
0.1 (0.04) |
7.2 (2.83) |
| 平均降雨日数 | 10 | 9 | 11 | 9 | 7 | 5 | 4 | 7 | 7 | 8 | 8 | 10 | 95 |
| 平均降雪日数 | 0.4 | 1.4 | 0.3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.4 | 0.1 | 2.6 |
| % 湿度 | 81 | 78 | 77 | 73 | 70 | 66 | 67 | 69 | 70 | 74 | 77 | 81 | 73.6 |
| 出典:Weather2visit,[7] Weather atlas(Snow-daylight-UV)[8] | |||||||||||||
経済
農業・一次産業
アーモルおよびその周辺地域は、カスピ海沿岸の肥沃な低地にあるため、稲作をはじめとする農業が伝統的に重要な経済基盤である。
米や柑橘類、茶、その他の農産物が生産され、アーモルはそれらの集散地として、マーザンダラーン州北部の農業経済を支える役割を果たしている。
軽工業・製造業
近代以降、アーモルは軽工業の中心都市の一つとして発展しており、テキスタイル(織物・紡績)、食品加工、木工・家具など、地域の資源を活用した産業が展開している。
地方政府や国営企業の支援を受けた工場や加工施設が市内や近郊に集中し、都市部の雇用と収入源の大きな割合を占めている。
商業・サービス業
アーモルはマーザンダラーン州北部の地方商業中心地として機能し、小売業、飲食店、ホテル、交通・運送サービスなどが活発である。また、周辺農村部からの買い物客や、カスピ海沿岸の観光ルートを経由する旅行者も都市のサービス業に寄与している。
交通・物流の位置づけ
テヘラン‑カスピ海沿岸を結ぶ幹線道路(ハラズ道路など)沿いに位置するため、アーモルは物流・中継拠点としても重要な役割を持つ。
近年の経済課題
2020年代に入り、イラン全体の経済危機や制裁、インフレ、物資不足などの影響が、アーモルにも及び、物価上昇や購買力の低下が課題となっている。それでも、農業と軽工業・サービス業の組み合わせにより、都市の経済基盤は比較的維持されており、マーザンダラーン州内で重要な地方経済圏の中心都市としての地位を保っている。
スポーツ
多くの人気レスラーやバレーボール選手の出生地であり、ガセム・レザエイやアデル・ゴラミなどがいる。また、イランバレースーパーリーグに所属するチームが2チームある。また、サッカーも人気でイラン代表のアラーヤル・サヤードマネシュも輩出している。
有名人
- タバリー
- ハイダル・アームリー
