イェルヴァンド・コグベトリアンツ

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イェルヴァンド・ゲヴォルギ・コグベトリアンツ[2]アルメニア語: Երվանդ Գևորգի Կողբետլյանց, : Ervand Kogbetliantz1888年2月22日 - 1974年11月5日(1974-11-05) )は、アルメニア出身の数学者地球物理学者である。フランス地球物理学者連合の会長を務めた[3]重力計フランス語版三次元チェス三人チェス英語版の研究にも取り組んだ。

1888年、ロシア帝国領のロストフ・ナ・ドヌ近郊に位置するアルメニア人が多く住んでいた町ナヒチェヴァン・ナ・ドヌ英語版アルメニア語版ロシア語版(ノル・ナヒチェヴァン、新ナヒチェヴァンの意)に生まれた。

1906年、パリ大学に入学した。1907年、モスクワ大学に入学しジュコーフスキーエゴロフ英語版ロシア語版に師事した[4]。1912年に数学の学位を取得し、同大学で6年間教鞭を執った。

1918年から1920年までクラスノダールの学校で働いた。1920年、独立当初のアルメニア第一共和国下でイェレヴァン国立大学に招聘された。アルメニア・ソヴィエト社会主義共和国が成立してアショット・ホヴァニシャン英語版アルメニア語版により大学再編が行われ、コグベトリアンツは諮問委員会委員長に任命された[5]。1921年に家族とともにフランスに移住した。

フランスでは、1923年にパリ大学にてエミール・ボレルの下で博士号を取得した[5]パリではロシアから亡命した人々が学術団体 Groupe académique russe (GAR) を設立し、コグベトリアンツはGARで教鞭を執った。その後、1924年に設立されたフランス石油会社(現トタルエナジーズ)で応用地球物理学研究員として働いた[6]

1933年にレザー・シャーに招かれて、フランス人科学者の派遣団の一員として数年間イランに滞在し、テヘラン大学に勤務した。その後、フランスに戻って1939年から1942年まで新設されたフランス国立科学研究センターで働いた。

ルイ・ラプキンフランス語版[注 1]ロックフェラー財団の支援[8]を利用してアメリカ合衆国に渡り、リーハイ大学(1942-1944年)、ニュースクール大学(1944-1954年)、コロンビア大学で働いた。 1956年からロックフェラー大学で教授を務め、1964年にフランスへ帰国した。

1945年から1946年まではスタンダード・オイル、1953年から1964年まではIBMにも勤務していた。

功績

コグベトリアンツは主に無限級数直交多項式や、特異値分解のアルゴリズム、計算機における初等関数の評価アルゴリズム、ガウス整数素元の列挙アルゴリズムを研究した。特異値分解においては正方行列の特異値の分解と対角化を行うアルゴリズムにコグベトリアンツの名が冠されている。

1918年にはリオネル・キーゼリツキー英語版ドイツ語版Kubikschach と似た方法で8×8×8の三次元チェスを発明した[5]。晩年のコグベトリアンツはボビー・フィッシャーとともに三人チェス英語版について研究した[9]

1920年代には重力計フランス語版を開発し特許を獲得した[10]

家族

作家のマリエッタ・シャギニャンはコグベトリアンツのいとこにあたる。

栄典等

著作

  • Sur les séries trigonométriques et la série de Laplace. Gauthier-Villars. 1923.
  • “Recherches sur la summabilité des séries ultrasphériques par la méthode des moyennes arithmétiques”. Journal de Mathématiques Pures et Appliquées (フランス語). 9: 107–187. 1924.
  • Fundamentals of mathematics from an advanced viewpoint (英語). Vol. 4. Gordon and Breach Science Publishers. 1968.
  • Alice Krikorian (1971). Handbook of first complex prime numbers (英語). Gordon and Breach Science Publishers.

脚注

参考文献

外部リンク

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