イェール大学図書館
アメリカ合衆国のコネティカット州ニュー・ヘイヴンにある、イェール大学の図書館システム
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イェール大学図書館(イェールだいがくとしょかん、英: Yale University Library)は、アメリカ合衆国コネチカット州ニューヘイブンにあるイェール大学の図書館システムである[4]。1701年、新設された「カレッジエイト・スクール」に数十冊の図書が寄贈されたことに始まり、現在では大学内の15の図書館施設に約1,490万冊の蔵書を有する。北米で3番目に大きな大学図書館システムであり、単一キャンパス内に所在するものとしては2番目の規模を誇る[5]。
スターリング記念図書館のブックタワー | |
| 国 | |
|---|---|
| 種別 | 大学図書館 |
| 創設 | 1701年 |
| 所在地 | コネチカット州ニューヘイブン |
| 分館 | 15館 |
| 収蔵情報 | |
| 収蔵数 | 1,490万冊[1] |
| その他 | |
| 予算額 | 1億1,880万米ドル(2015 - 2016年度)[2] |
| 館長 | バーバラ・ロッケンバック[3] |
| 職員数 | 550名(常勤) |
| ウェブサイト | library |
図書館システムの中心となるのは、1931年に建設されたカレッジエイト・ゴシック様式のスターリング記念図書館であり、図書館本部、大学文書館、音楽図書館、そして350万冊の蔵書を収容している。また、イェール大学図書館は充実した稀覯書コレクションでも知られており、これらは主にバイネッケ稀覯書・手稿図書館のほか、クッシング/ホイットニー医学図書館、リリアン・ゴールドマン法学図書館、およびコネチカット州ファーミントンにあるルイス・ウォルポール図書館に収蔵されている。さらに、多くの学部・大学院や学科も独自のコレクションを維持しており、キャンパス内には12の図書館施設、キャンパス外には書庫施設が設けられている。
同館は数百にのぼる研究データベースを契約している。ハーバード大学図書館およびコロンビア大学図書館とともに、リサーチ・ライブラリーズ・グループ (Research Libraries Group) の創設メンバーでもある。また、ボロー・ダイレクトのメンバーでもあり、利用者はアメリカの主要な研究大学から図書を借用できる。
歴史
設立(1650年 - 1786年)
18世紀初頭のカレッジエイト・スクール(後のイェール大学)の創設期には、書籍は同校にとって最も貴重な資産であった。1650年代にはすでに、ニューヘイブン植民地の創設者であるジョン・ダヴェンポートが大学図書館のために書籍を収集し始めていたが、同校は、創設者である10名の会衆派教会牧師がコネチカット植民地ブランフォードで「40冊のフォリオ」を寄贈したことによって創設されたと言われている[6]。これらはすべて神学書であり、現存するものは現在バイネッケ図書館に収蔵されている。
創立から最初の30年間に行われた3度の寄贈が、同校の蔵書の基盤となった。1714年、ボストンに駐在していたコネチカット植民地代理人ジェレマイア・ダマーは、当時コネチカット植民地セイブルックにあった同校のために、イギリスの著名な学者たちへ書簡を送り、書籍の寄贈を要請した。その結果、800冊以上の書物がボストンに届き、同校へと送られた。寄贈者の中には、アイザック・ニュートン、ジョン・ウッドワード、エドモンド・ハレーといった著名な科学者らも含まれており、自著の小冊子を寄贈していた[7]。また、リチャード・ベントリー、ホワイト・ケネット、マシュー・ヘンリーら宗教家による寄贈によって神学関連の蔵書が充実したほか、リチャード・スティールやリチャード・ブラックモアからも書籍が寄せられた。ダマー自身も最終的に約200冊の書籍を寄贈した[7]。
その4年後、以前ダマーの要請に応じて書籍を寄贈していたエライヒュー・イェールが、ウェールズの邸宅から300冊の書籍をほかの品々とともに送った。ニューヘイブンに移転して間もない同校は、この寄贈に敬意を表してイェールの名を冠するようになった。さらに15年後には3度目の大規模な寄贈が行われた。哲学者で主教のジョージ・バークリーが、古典作品を中心とする優れた蔵書1,000冊を同校へ寄贈したのである[8]。蔵書が充実したことを受け、当時のイェール大学長トーマス・クラップは、学内唯一の建造物であった「カレッジ・ハウス」に収められていた蔵書群の目録を初めて作成することを決定した[9]。
この最初の目録からは、すでに書籍の紛失や盗難の痕跡が見て取れる。セイブルックからニューヘイブンへの移転時、蔵書が運び出されることに怒った住民らが書籍を運ぶ牛車を横転させ、同校の蔵書の多くを持ち去って私物化したのである。アメリカ独立戦争中、当時およそ4,000冊に達していた蔵書は内陸部へ疎開されたが、この移動により全体の約3分の1が失われる結果となった[10]。
19世紀の発展と「カレッジ・ライブラリー」(1790年 - 1930年)
キャンパスに「オールド・ブリック・ロウ」が整備されていく過程で、図書館は創設から約150年の間に幾度も移転を繰り返した。総木造のカレッジ・ハウスから始まり、1763年の完成時には初代礼拝堂(アセネウム)へ、1804年にはライシアム館へ、そして1824年には新しい第2礼拝堂へと移されている[11]。蔵書専用として初めて建設された施設であるカレッジ・ライブラリー(大学図書館)は、1842年から1846年にかけて建設され、以後約90年間にわたり蔵書を収容した[11]。ヘンリー・オースティン設計によるこのヴィクトリアン・ゴシック様式の建築は、当時としては贅沢な建築とみなされ、ハーバード・カレッジの図書館であるゴア・ホールをモデルとしていた。館内には、大学と関係の深い2つの文学結社「リノニア」と「ブラザーズ・イン・ユニティ」の合わせて約1万冊に及ぶ蔵書を収める部屋が設けられたほか、アメリカ東洋学会の蔵書も収容された[12]。その後、蔵書が建物の収容能力である5万冊を超えたため、図書館に別館を増築する必要が生じ、1890年にチッテンデン・ホール、1906年にリンスリー・ホールがそれぞれ完成した。
スターリング図書館と研究コレクションの形成(1920年 - )
20世紀に入り蔵書数が100万冊を超えると、新しい図書館棟が必要であることは明らかとなった。その実現を可能にしたのが、1917年にジョン・ウィリアム・スターリングから遺贈された1,700万ドルであった。この遺贈には、「少なくとも1つの永続的で有用かつ建築的にも優れた建造物」をイェール大学に建設するという条件が付けられていた。1931年、蔵書はスターリング記念図書館へ移され、書架の収容能力は4倍に増加するとともに、定期刊行物、参考図書、特別コレクションのための専用室が設けられた。
同館は、科学の発展、アメリカ植民地、教会史に関する重要な書籍や手稿を数多く受け入れていた一方で、歴史資料については、1855年に受贈したアッシリア粘土板(後のバビロニア・コレクションの基礎)など、個別の寄贈にとどまっていた[13][14]。1924年にアンドリュー・キーオが図書館長に就任すると、稀覯書、個人文書、アーカイブ資料を対象とする計画的な収集事業が開始された。英文学教授チョーンシー・ブリュースター・ティンカーは、イェール大学の卒業生に対し、貴重な資料の購入や寄贈を呼びかけるキャンペーンを展開した。初期の寄贈品には、完本のグーテンベルク聖書、ガートルード・スタインやエズラ・パウンドの文書、ジェイムズ・ボズウェルの文書などが含まれていた[14]。こうして大規模な稀覯書コレクションを築いた同大学は、1963年に専門的な稀覯書の収蔵・保存施設としてバイネッケ図書館を開設し、スターリング図書館の旧稀覯書室には比較的小規模なアーカイブ・コレクションのみが残された。
また、スターリング図書館には世界最大規模のベンジャミン・フランクリン文書コレクションも収蔵されている。これは1888年卒業生のウィリアム・スミス・メイソンから1935年に寄贈されたもので、同館に寄贈された資料としては最大かつ最も価値の高いコレクションとされている。同館は、現在も進められている『ベンジャミン・フランクリン文書集』の編纂・出版を担う編集スタッフの本拠地でもある。この事業は1954年に始まり、現存する3万点以上のフランクリン文書を収録した全50巻に及ぶ予定である[15][16][17]。
その後、より専門的な施設が次々と設けられた。クライン科学図書館が科学系コレクションを吸収し、マッド図書館が社会科学系の書籍を引き継いだほか、工学、物理学、地質学の小規模な図書館が各部局によって設立された。2000年までに、図書館はキャンパス内の十数か所の施設へと拡大し、500名以上のスタッフを擁するようになった。2012年には、サイエンス・ヒルの図書館の多くがクライン科学図書館へ再統合され、科学・社会科学情報センターとなった。2020年には、マルクス家が設立した恒久基金を記念して、同センターはマルクス科学・社会科学図書館へ改称された[18]。この基金の設立を主導したナンシー・マルクス・ベターは、1984年にイェール大学を卒業し、大学図書館評議会の議長を務めるほか、2019年にはイェール・メダルを受賞している[19][20]。父レオナルド・マルクス・ジュニアおよび祖父レオナルド・マルクスもイェール大学卒業生であり、卒業後はいずれも不動産業に従事した[21][22][23]。
施設
スターリング記念図書館
イェール大学図書館で最大の図書館棟であるスターリング記念図書館には、人文科学、社会科学、地域研究に関する約400万冊の蔵書がある。さらに、複数の特別コレクション部門や手稿・公文書部門も置かれている。館内にはアーヴィング・S・ギルモア音楽図書館が併設されている。また、利用頻度の高い資料を収蔵する地下のバス図書館とは地下通路で結ばれている。
バイネッケ稀覯書・手稿図書館
1963年に開館したバイネッケ稀覯書・手稿図書館は、歴史的価値の高い稀覯書や手稿を収蔵する同大学の主要な収蔵施設である。グーテンベルク聖書、ヴォイニッチ手稿、ヴィンランド地図をはじめ、著名な作家や芸術家の文書や手稿など約80万冊を所蔵し、特にアメリカ文学のコレクションが充実している[24]。
リリアン・ゴールドマン法学図書館
イェール・ロー・スクールのスターリング法学棟に位置するリリアン・ゴールドマン法学図書館は、法律・法学関連の図書を約80万冊所蔵している。法制史における世界有数の稀覯書コレクションや、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』の最も充実したコレクションが収められている[25]。
その他の主要施設

大学の医学図書館であるハーヴェイ・クッシング/ジョン・ヘイ・ホイットニー医学図書館には、歴史的な医学文献のコレクションが収蔵されている。サイエンス・ヒル地区のクライン生物学タワーに位置する科学・社会科学情報センターは、旧クライン科学図書館から集約された自然科学・社会科学分野の資料を所蔵する。ルドルフ・ホール内のハース芸術図書館には、美術および建築関連の資料が所蔵されている。イェール・フィルム・アーカイブは、35mmおよび16mmフィルムのプリントやオリジナル・フィルム素材、さらにBlu-ray、DVD、VHS作品のコレクションを有する映像保存施設である。
イェール大学図書館のネットワークは、ニューヘイブンのキャンパス外にも及ぶ。コネチカット州ファーミントンにあるルイス・ウォルポール図書館は、18世紀研究に特化した研究図書館であり、ホレス・ウォルポールやストロベリー・ヒル研究における第一級の資料拠点となっている。コネチカット州ハムデンには、利用頻度の低い図書約400万冊を収蔵する、温度・湿度管理された閉架式書庫であるライブラリー・シェルビング・ファシリティが置かれている[26][27]。