イスタンブール大学
トルコの大学
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概要
イスタンブール大学の起源はかつて東ローマ帝国が設置していたコンスタンティノープル大学に求められる。この大学は東ローマ帝国の滅亡と共に消滅したが、1453年5月30日にオスマン帝国によりマドラサが設置された。
1845年から「科学の館」を意味するダリュルフヌン(Darülfünun)という名称が用いられるようになり、1863年に「オスマンのダリュルフヌン」を意味するDarülfünun-i Osmaniという高等教育機関に改組された。しかし1871年に抑圧され、1874年に当時の大宰相であったメフメト・サフェット・パシャ(Mehmed Esad Safvet Paşa)によって「スルタンのダリュルフヌン」(Darülfünun-i Sultani)として再開したが、これも1881年に閉鎖されてしまった。
1900年9月1日に帝国ダリュルフヌン(Darülfünûn-u Şahane)に改称され、数学、文学と神学課程が開始された。1912年4月20日にはイスタンブール・ダリュルフヌン(İstanbul Darülfünûnu)に改称され、各課程の設立とカリキュラムの近代化が開始された。
1922年から始まったトルコ革命の影響を受け、1933年8月1日にイスタンブール・ダリュルフヌンは現在のイスタンブール大学に改組された。
学部
キャンパス
本部キャンパスは旧市街地のバヤズィト・モスクの向いに位置する。その他にも、ヴェズネジレル(Vezneciler)、アウジュラル(Avcılar)、バフチェキョイ(Bahçeköy)、チャパ(Çapa)、ジェラパシャ(Cerrahpaşa)、カドゥキョイ(Kadıköy)、アクサライ (Aksaray)の各地にキャンパスが立地する。
交通
鉄道
バヤズィトの本部キャンパスへは、イスタンブール・トラムT1号線のBeyazıt-Kapalıçarşı駅かLaleli-Üniversite駅が最寄り駅となる。
主な出身者・在学者
政治家
- アブドゥラー・ギュル(トルコ共和国大統領)
- レフィク・サイダム(トルコ共和国第4代首相)
- スアト・ハイリ・ウルギュプリュ(トルコ共和国第29代首相)
- ニハト・エリム(トルコ共和国第33代首相)
- ナイム・タル(トルコ共和国第36代首相)
- サーディー・ウルマク(トルコ共和国第38代首相)
- ユルドゥルム・アクブルト(トルコ共和国第47代首相)
- イツハク・ベンツビ(イスラエル第二代大統領)
- ダヴィド・ベン=グリオン(イスラエル初代首相)
- モシェ・シャレット(イスラエル第二代首相)
- レフィク・コルアルタン(トルコ大国民議会議長)
- デニズ・ゲズミシュ(政治活動家)
- グリゴル・ムガロブリシュヴィリ(グルジア首相)
科学者
- フルス・ベーチェット(ベーチェット病を発見)
- アジズ・サンジャル(生物学者、ノーベル化学賞受賞)
- シェブネム・コルル・フィンジャンジュ(医師、法医学者、元トルコ医師会会長)
文学
- オルハン・パムク(作家、ノーベル文学賞受賞)
- フラント・ディンク(ジャーナリスト、2007年に暗殺)
- オルハン・ヴェリ
- アッティラ・イルハン(詩人、小説家)