イズニク

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イズニク
市域753 km2 (290.7 mi2)
イズニク
İznik
位置
ブルサ県におけるイズニクの位置の位置図
ブルサ県におけるイズニクの位置
位置
イズニクの位置(トルコ内)
イズニク
イズニク (トルコ)
イズニクの位置(マルマラ地方内)
イズニク
イズニク (マルマラ地方)
イズニクの位置(ブルサ県内)
イズニク
イズニク (ブルサ県)
座標 : 北緯40度26分 東経29度43分 / 北緯40.433度 東経29.717度 / 40.433; 29.717
行政
トルコの旗 トルコ
  ブルサ県
  イズニク
地理
面積  
  市域 753 km2 (290.7 mi2)
人口
人口 (現在)
  市域 20,169人
    人口密度   59人/km2
その他
等時帯 極東ヨーロッパ時間 (UTC+3)
郵便番号 16XXX
市外局番 0224
ナンバープレート 16

イズニクトルコ語: İznikギリシア語: Νίκαιαラテン語: Nicaea)は、トルコ マルマラ地方ブルサ県イズニク郡に属する都市アナトリア半島北西部のイズニク湖東岸に位置する。

1997年の統計で人口約18,600人の地方都市であるが、古代の大都市ニカイアの後身であり、旧市街地区を取り囲む城壁をはじめ、古代ローマ時代以来の遺跡が数多く残る。

15世紀のイズニク

イズニクの前身ニカイアは紀元前4世紀に建設されたヘレニズム都市で、マケドニアビチュニアローマビザンツの手を経て1077年トルコ人セルジューク朝が奪取し、ルーム・セルジューク朝の最初の首都となった。その後、1097年には第1回十字軍の協力を得たビザンツ帝国が奪還し、13世紀にはコンスタンティノポリス第4回十字軍に奪われたビザンツ人の亡命政権であるニカイア帝国があった。

ニカイア帝国がコンスタンティノポリスを奪還してビザンツ帝国を再興した後、ニカイアは再びその地方都市となるが、1331年オスマン朝の第2代オルハンが占領、ムスリム(イスラム教徒)支配下の都市となる。1333年にイズニク最初のモスクとして建設されたハジュ・オズベク・モスクは、オスマン帝国のもとで建設されたモスクの中でも現存最古といわれる。

トルコ人によってイズニクと呼ばれるようになったこの都市は、オスマン帝国時代の初期には実質上の首都である近隣のブルサなどと並び、帝国領内の重要な都市のひとつであった。第3代ムラト1世の宰相チャンダルル・カラ・ハリルの建設したイェシル・モスクや、現在博物館として使われているムラトの母ニルフェル・ハトゥンの救貧施設(イマーレト)など、オスマン帝国時代にイズニクに建設された建築物の主要なものは15世紀以前のものである。1453年にコンスタンティノポリス(イスタンブール)がオスマン帝国に征服されて以降は政治的な重要性は後退させるが、アナトリア北西部の文化的センターとしての役割は持ちつづけ、多くのウラマー(知識人)や詩人がこの町から輩出された。

名産

関連項目

外部リンク

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