1881年に営業運転を開始し1912年まで存在した馬車鉄道を、同年に路面電車へと転換した路線。開業に合わせてニュージーランドのクライストチャーチに本社が存在したブーン(Boon)製の路面電車車両が10両導入されたほか、1921年から1922年にかけてはアメリカ合衆国のブリルが製造した小型2軸車のバーニーカーが6両増備された[2][3]。
最盛期にはワイキウィ(Waikiwi)とジョージタウン(Georgetown)を結ぶA号線、北インバーカーギル(Notrh Invercargill)、南インバーカーギル(South Invercargill)を結ぶB号線が存在し、1930年代には更なる延伸計画も存在したが、同年代以降インバーカーギルではバスの発展が著しく、1945年にディーゼルバスの大量導入が決定した事が要因となり、1947年から路線網の撤去が始まった。最後の路線となった北インバーカーギル方面が廃止されたのは1952年9月10日であった[3][2]。
廃止後、ほとんどの車両はニュージーランド各地に売却され、小屋や住居として再利用された。その中で以下の車両については廃車・再利用後にクライストチャーチの路面電車保存協会(Tramway Historical Society)が買収し、2021年現在も現存する[3]。