インリアル・アプローチ
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インリアル(INREAL)は、もともと「IN class REActive Language(クラス内での反応的かかわりによる言語学習の促進)」の略称であった[3]。ことばの遅れのある子どもや、英語を母国語としない子どもに生じやすい二次的な困難の予防を目的として開発された[4]。
従来の、正しい言葉の獲得を目標に指示的に教授する手法とは異なり、遊びや会話などの自然な相互作用の中で、子どもの自発性を重視した言語学習が行われていた。また、指導においてはビデオ録画を用いたフィードバックが取り入れられ、大人のかかわり方を振り返り、改善するための手段として活用されていた[4]。
その後、非言語行動や語用論的観点が取り入れられ、扱う対象が広義のコミュニケーションや学習全体へと拡大した。この変化を反映し、1984年には名称が「Inter REActive Learning and communication(相互に反応し合うことで学習やコミュニケーションを促進する)」へと変更された[3]。
1985年には日本INREAL研究会が設立された。1990年代には、日本特殊教育学会や日本音声言語医学会などにおいてシンポジウムが開催され、対象はことばの遅れのある幼児から自閉スペクトラム症(ASD)、中度から重度の知的障害、高次脳機能障害のある成人へと拡大していった[4]。
原則
インリアル・アプローチには、SOULと呼ばれる大人の基本姿勢がある。
- Silence(静かに見守る):子どもが場面に慣れ、自分から行動を始められるよう静かに見守る。
- Observation(よく観察する):子どもが何を考え、どのような行動をしているのかを丁寧に観察する。コミュニケーション能力、情緒、社会性、認知、運動などの側面について、その能力や状態を把握する。
- Understanding(深く理解する):観察し、感じたことから子どものコミュニケーションの問題について理解し、どのような援助ができるかを考える。
- Listening(耳を傾ける):子どもの言葉だけでなく、視線や行動などもコミュニケーションのサインとして捉え、十分に耳を傾ける[5]。
子どもの意欲を支える基本的な関わりをシンシアリティ・レベル、子どもの発達レベルや特性に応じたより専門的な関わりをミーニング・レベルと呼ぶ[6]。
特徴
インリアル・アプローチの指導は、遊びや日常的な会話といった自然な状況の中で行われる。介入では、子どもに主導権を与え、子ども自身が話題や遊びを選択し、自ら開始できるように大人が関わる。そのため、大人は子どもからの開始や反応を十分に待ち、子どもが主体的に行動できる時間と余地を保障する姿勢を重視する[3]。
具体的な指導方法としては、ビデオ分析を通じて、大人の基本姿勢であるSOULや、言語心理学的技法、会話の原則などを振り返り、自己フィードバックを行う方法が用いられる[7]。
また、発話された言葉そのものだけでなく、声のメリハリや抑揚といった言葉の周辺要素、すなわちプロソディ(リズム・メロディー・アクセント)を重視し、意味理解を助ける手がかりとして活用する。さらに、表情、視線、身振り、指さしなどのノンバーバル(非言語)行動も重要な伝達手段と捉え、これらを含めて子どもの伝達意図を読み取る[8]。
加えて、聞き手と話し手が互いに自分のターンと相手のターンを交代しながらやりとりを行う「ターンテイキング」の成立を、コミュニケーション発達の重要な要素として位置づけている。このようにインリアル・アプローチは、自然な相互作用の中で、言語・非言語の両側面から子どもの主体的なコミュニケーションの発達を支援する包括的なアプローチである[9]。
コミュニケーションの発達段階
インリアル・アプローチでは、コミュニケーションの発達が「聞き手効果段階」「意図的伝達段階」「命題伝達段階」「文と会話段階」の4つの段階に分けて評価される[10]。
- 聞き手効果段階(0~9・10か月):視線、表情、声、動作などを通して示される子どもの行動を、大人が読み取る段階である。聞き手である大人が子どもの気持ちや意図を汲み取ることによってコミュニケーションが成立することから、この段階は聞き手効果段階と呼ばれる。
- この時期の遊びは、快反応につながるような身体を使った感覚運動遊びが中心となる。具体的には、手を伸ばして触る、舐める、叩く、引っ張る、落とすといった行動が多くみられる。また、くすぐりや体を揺らされる遊び、「いないいないばあ」などの対人的なやりとりを好む傾向がある。
- いないいないばあや手遊び唄のように、始まりと終わりが明確に決まっている遊びはフォーマットと呼ばれる。子どもはこのフォーマットを理解し始めると、大人の「ばあ」という働きかけを期待して注目したり、自ら「ばあ」といった声や動作を示したりするようになる[11][12]。
- 意図伝達段階(9・10か月~1歳):指さし、ものを渡す、ものを見せる、クレーン、ジェスチャーなどの行動がみられる段階である。言葉はまだ用いられないが、自分の意思を伝えるために、伝達手段を意図的に使い始める。
- それまで注意の向け先が「人」か「物」のいずれか一方であったのに対し、生後9か月頃になると、「人」と「物」の両方に同時に注意を向けられるようになる。例えば、大人がボールを投げると、子どもはボールを見た後に大人の顔を見るといった行動を示すようになり、「自分―人―物」からなる三項関係の理解が成立し始める。
- また、ボタンを押す(手段)と蓋が開く(目的)といったような、手段―目的関係を理解するようになる。この理解を基盤として、指さしやジェスチャーといった手段を、「自分の意図を伝える」という目的のために用いるようになる。
- さらに、電話の受話器を耳に当てる、ヘアブラシを頭に当てるなど、物本来の使い方に沿った遊びである機能的操作遊びがみられるようになる[11]。
- 聞き手効果段階と意図伝達段階は言葉が出る前の時期に対応するため、合わせて前言語段階と呼ばれる[2]。
- 命題伝達段階(1歳~1歳6か月):単語を用いて意図を伝える段階である。実物を言葉で表したり、あるものを別のもので表現したりするなど、象徴機能が発達する。この段階に入ると、子どもはおもちゃを食べ物に見立てて食べるふりをするなど、ふりを伴う遊び(象徴遊び)を行うようになる[11]。
- 文と会話段階(1歳6か月~):1語文から2語文へと発達するにつれて、文と会話段階に入る。この段階では、食べるふりなどを中心とした初期の象徴遊びから、積み木を車に見立てて遊ぶといった、より象徴性の高い見立て遊びが可能となる。さらに発達が進むと、家族ごっこやお店屋さん遊びなど、筋書き(スクリプト)のある遊びがみられるようになる[13]。
行動の分類
行動は、伝達行動と非伝達行動がある。伝達行動とは、発声や言葉、人を見る、笑いかける、ものを見せる、手渡す、受け取るなど、人に向かう行動である。非伝達行動には、ものを触る、部屋をウロウロする、独り言を言うなどがある[14]。
伝達意図
伝達意図とは、話し手が実際に伝えようとしている内容を指す。たとえば、子どもが「ワンワン」と言った場合でも、状況によって意味は異なる。散歩中に犬を指さして「ワンワン」と言えば、伝達意図は「犬がいる」である。一方、母親にしがみつきながら「ワンワン」と言った場合、伝達意図は「犬がこわい」である。このように、同じ発話でも文脈によって伝達意図は変わるため、インリアル・アプローチでは、それらを区別して読み取る[15]。
ブロックをばらまく行動をやめてほしいという意図を伝える場面で、子どもに対して「大きな音だと、お耳が痛くなるね」と伝えるのは間接発話である。一方、「ブロックを床にばらまくのはやめてね」と伝える場合は、話し手の伝達意図と発話の意味が一致しているため、直接発話という。相手の意図を読み取ることが苦手な子どもに対しては、このような直接発話が用いられる[16]。
言語の伝達機能
インリアル・アプローチでは、言語の伝達機能を10種類に分類している。これは、M・A・K・ハリデーとドーアの伝達のモデルをもとに作成されたものである[15]。
| 機能 | 説明 | 例 |
|---|---|---|
| 道具的機能 | 物やサービスを得るための機能。 | 「やって」「ちょうだい」「ない(ちょうだい)」 |
| 規制的機能 | 大人の行動をコントロールする機能。 | 「ぼくを見て!」 |
| 個人的機能 | 子どもの独自性や感情を表現する機能。 | 「ぼくがするよ」 |
| 表出的機能 | 感情の表出や行為の遂行に伴って発せられる音声。 | 「あっ」「わー」「よいしょ」 |
| 相互関係的機能 | 他者と関わり、その関係を維持するために用いられる機能。 | 「こんにちは」「ばいばい」 |
| 叙述的機能 | 周囲の環境についての気づきや関心を表現する機能。 | 「○○があった」「○○がいた」 |
| 探求的機能 | 自分のいる環境を探索するための機能。 | 「これ何?」「どうして?」 |
| 想像的機能 | 言語を用いて想像上の世界を作り出す機能。 | 「ライオンだぞ」 |
| 情報的機能 | 相手が知らない情報を伝える機能。 | 「さっきライオン見たよ」 |
| 反応的機能 | 意図の伝達というよりも、やりとりを進めるために必要な応答機能。 | 「うん」(肯定)、「いや」(否定) |
トランスクリプト
20~30分程度、子どもと大人の一対一の関わりを録画する[3]。
録画場面の一部を取り出し、子どもと大人の行動や言葉を時間軸に沿って一つずつ書き起こしたものをトランスクリプト(継時的記録)という。「やりとりが上手くいった場面」、「やりとりが上手くいかなかった場面」、「子どもがよく話している場面」、「あまり話していない場面」の4つの場面が選択される。ビデオ分析を通じて、大人が子どもの意図に沿った適切なモデルを示せているか、指示的な言葉掛け(命令・禁止・質問)が多くなりすぎていないかなども客観的に確認される[17]。
ビデオ録画による省察は、一度きりの評価ではなく、「実践→録画→分析・自己省察→課題抽出→新たな実践」というサイクル(アクション・リサーチ)として組み込まれている[18]。
分析
分析方法にはマクロ分析とミクロ分析がある。
マクロ分析には2つの目的がある。一つは子どもと大人のコミュニケーションにおける相互作用を評価すること、もう一つは子どものコミュニケーション能力を評価することである。評価は録画全体を通して行われ、マクロ分析シート、大人のフィードバック項目、子どものチェックシート、会話分析シートなどが用いられる。子ども側の評価には、「対人関係」「言語・コミュニケーション」「遊び・認知」の3つの項目が、大人側には「基本姿勢」「ことばがけ」「遊び」などの項目がある。評価を通して、現在の発達段階や遊びのレベルが特定される[13]。
ミクロ分析では、録画の一部を書き起こしたトランスクリプトを使用して、子どもの伝達意図や言葉がけの適切性などが細かく分析される[19]。
技法
言語心理学的技法は、基本的な7つの技法で構成される。質問・提案・ト書き発言の3つの要素は、日本INREAL研究会が独自の手法として新たに加えたものである[8]。
- ミラリング(行動模倣)
- 子どもの動作をそのまま真似る。子どもの行動を真似ていくと、子どもは自分と同じことをしている大人の存在に気づき始め、「自分が何かをすれば、大人も同じようにしてくれる」という関係性に気づくようになる[20]。
- モニタリング(音声模倣)
- 子どもの音声や言葉をそのまま真似る[20]。
- パラレル・トーク(子どもの行動や気持ちの言語化)
- 子どもの行動や気持ちを、大人が言語化して伝える方法である。用いる言葉のレベルは、子どもの発達段階に合わせる。
- セルフ・トーク(大人の行動や気持ちの言語化)
- 大人自身の行動や気持ちを言葉にして、子どもに伝える方法である。例えば、子どもが「どうぞ」と言って大人にリンゴを渡した場合、大人は「りんごありがとう。先生、うれしいわ」と言葉で応答する。大人が自分の考えや感情を言語化することにより、子どもに安心感を与える効果があるとされる。
- セルフ・トークは、パラレル・トークと併用されることも多い。両者を同時に用いる場合には、主語を明示することで行為の主体が明確になる。例えば、子どもがおにぎりを食べている場面で、大人が子どもを指さしながら「A君はおにぎりを食べているね。先生はサンドウィッチを食べるよ」と述べ、自身もサンドウィッチを食べる、といった用い方が挙げられる[8]。
- リフレクティング(言葉の修正)
- 子どもの言葉の誤りに対して、発話の意図を受け止めたうえで、正しい形に言い換えて返す方法。発音・語彙・意味・助詞などの誤りを、指摘せず自然に修正して提示する。
- たとえば、子どもがブドウを取り出して「ブボー」と発話した場合には、「ぶどう」と正しい発音で返す。また、消防車を指して「きゅーきゅーしゃ」と言った場合には、「しょうぼうしゃだね」と言い換えて応答する。「おおきいのぞうさん」といった表現に対しても、「おおきいぞうさん」と自然に整えて返す。リフレクティングは、「違うよ」「これはリンゴじゃなくて桃だよ」など、誤りを直接指摘・訂正する方法とは異なる[8]。
- エキスパンション(言葉の拡充)
- 子どもの言った言葉に主語、動詞、形容詞などを1~2語加えて返す手法[20]。(例:「わんわん」→「わんわん、大きいね」)
- モデリング(伝達のモデル)
- 子どもに自分の伝えたいことを表現するための適切な伝達モデルを示す。子どもが電車をとって欲しそうにしているとき、大人は電車を指差して「電車とって!」という要求のモデルを見せる。子どもが「とって」と言ったら大人は「どうぞ」と言って電車のおもちゃを渡す。
- 子どもに「ちょうだい」と表出を促しながら要求している物を遠ざけたり、「それを言いなさい」「それを言わなければ応じない」といった強制や命令的なニュアンスは与えてはならないとされる[8]。
- 質問
- 子どもが話している内容や、今やっている遊びに沿った質問をする。質問によって、子どもに話すチャンスを与えたり、話題を展開したりしていく。はいかいいえで答えられるものや、2択の質問などの限定質問と、「何がいる?」「どうやって鬼を決める?」といった答えが限定されない開放質問がある[8]。
- 提案(遊びや文脈に沿った提案をする)
- 野菜を切る場面だけを繰り返したり、同じ話題を反復している子どもに対して、遊びを広げていくために、自然な形で次の展開を提案する。例として、ケーキのおままごとをしているとき、ケーキを食べ終えた後に大人が「おなかいっぱいになったわ」と発話する。すると子どもが大人の顔を見るため、その流れを生かして「そろそろお風呂に入ろうか」と声をかけ、次の遊びを提案する[8]。