ウィリアム・クリスティ
アメリカ合衆国出身のフランスの音楽家
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人物・業績
ニューヨーク州バッファロー生まれ。建築家[1]の息子である彼は、13歳から18歳まで母親の指揮する声楽の小アンサンブルに参加していた[1]。両親にピアノと歌を習わせてもらっていたが、祖母の影響でフランスのバロック音楽に興味を持つようになった。きっかけはフランソワ・クープラン[1]のオルガン作品のディスクだった。また、幼少期には両親と一緒にヨーロッパ諸国を旅行したこともある[1]。当初ウィリアムは医者になろうと考えていた。しかし、次第に美術に惹かれていき、1962年にハーバード大学に入学して美術史を修めた後、1966年に卒業した[1]。一方でチェンバロに情熱を燃やした。ウィリアム・クリスティはイェール大学で勉強を続け、1966年から1970年にかけてラルフ・カークパトリックにこの楽器を師事[1]、ケネス・ギルバートがそれに続いた。ベトナム戦争のために陸軍に入隊する事なく、1968年[1]には予備役の訓練プログラムに参加しなければならなかった。ダートマス大学で教鞭をとる事になったが、1970年5月4日のケント州立大学銃撃事件で状況は一変した。ユネスコ音楽大使ジョン・エバーツの推薦でアメリカを離れ、BBC交響楽団に入団[1]。 1970年代に活動拠点をヨーロッパに移した。ルネ・ヤーコプスのコンチェルト・ヴォーカレのコンティヌオ奏者を務めた。1979年にはフランスで創設した声楽・器楽アンサンブル レザール・フロリサンを率い、それまで上演機会の無かったフランスのバロック・オペラを優れた演奏で復活させた。 ヘンデルやモーツァルトもレパートリーに含まれている。
教育活動
レパートリー
クリスティは、グループの中核となるフランス音楽のレパートリーから幅を広げ、ヘンリー・パーセル、ジョージ・フレデリック・ヘンデル、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを演奏している。グラインドボーン音楽祭の客演指揮者を務め、チューリッヒ歌劇場やリヨン国立オペラでも公演を行っている。また、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団など、現代アンサンブルとの演奏も指揮している[4]。
録音・音楽について
フランスのエラート、ハルモニア・ムンディなどのレーベルに録音多数。