ウィリス・オブライエン
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生涯
カリフォルニア州生まれ。サンフランシスコの日刊新聞に漫画を描いていた時期もある。ニュース映画のカメラマン助手を経て、SFXの道に進む。
恐竜に興味を持ったきっかけは、博物館で復元された骨格を見たことと、アーサー・コナン・ドイルのSF小説『失われた世界』(1912年)を読んだことから。その後、初めての線画アニメである『恐竜ガーティ』(1914年)に影響され、自主製作で映像作品を撮り始める。その結果、ストップモーション・アニメを独自に開発した。代表作のひとつである『ロスト・ワールド』は、7年がかりで製作している。
『ロスト・ワールド』、『キング・コング』など「映画界の古典」といえる作品の特殊効果マンとして知られ、これらを観た数多くの少年達をクリエイターの道へと誘った。しかし、技術の流失を恐れ、弟子は取らない主義だった。唯一の例外がレイ・ハリーハウゼンであり、彼は著名なクリエイターとなったため、オブライエンは彼の師匠としても名を知られている。
全盛期の華々しい活躍に比べ、とくに晩年の私生活は家庭や仕事に恵まれず、不遇の中で亡くなった。
最初の妻であるヘイゼル・ルース・コレットとの結婚も不幸な結末を迎えている。2人の息子(ウィリアム、ウィリス・ジュニア)を設けたが、オブライエンは強制的に彼女と結婚させられたと言われ、オブライエンは抵抗のために意図的に飲酒、ギャンブル、不倫といった問題を重ねた。1925年に結婚したが5年後の1930年には離婚した。翌1931年にヘイゼルは癌と結核という診断を受け、情緒不安定に陥っていた。また、ウィリアムも結核になって両目を失明した。1933年、ウィリアムとウィリス・ジュニアの二人ともヘイゼルによって射殺された。ヘイゼルも銃による自殺を試みたが一命を取り留め、翌1934年に亡くなるまで閉鎖病棟に収容されていた。
ヘイゼルの死後、同1934年の11月に後妻のダーリーン・プレネットと結婚して添い遂げた。
1962年逝去。