ウィルソン・キプケテル
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| 選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | ウィルソン・キプケテル | |||||||||||||||||||||||||||||
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| 種目 | 中距離走 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1972年12月12日(53歳) | |||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 172cm | |||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 64kg | |||||||||||||||||||||||||||||
| 自己ベスト | 800m 1分41秒11(1997年) | |||||||||||||||||||||||||||||
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ウィルソン・キプケテル(Wilson Kipketer、1972年12月12日 - )は、ケニア出身でデンマーク人の陸上競技選手。男子800mの元世界記録保持者である。なお、キプケテルとはケニアの言葉で縁側という意味である。
1980年代、ケニアの陸上競技選手であったキプチョゲ・ケイノに才能を見出され、中距離走を始めた。 19歳のとき、交換留学生としてコペンハーゲン大学で電子工学を専攻し、そのままデンマークに移住した。その後、デンマーク代表として1995年世界陸上選手権に出場。初出場にして優勝を果たした。しかし、デンマーク国籍を取得していなかったために1996年アトランタオリンピックには出場できなかった。
オリンピックにこそ出場できなかったものの、1996年から1997年にかけては負け知らずで、28連勝を記録した。1997年初頭に行われた世界室内陸上選手権では、予選と決勝の2度にわたって室内世界記録を更新した。予選では、1分43秒96でポール・エレングの持つ世界記録(1分44秒84)を1秒弱縮めた。決勝では、予選で出した自身の記録を1秒以上短縮する1分42秒67を記録した。7月には16年間破られていなかったセバスチャン・コー(イギリス)の1分41秒73に並ぶ世界タイ記録をマーク。更に8月の間に世界記録を2度も更新し、1分41秒11まで縮めた。この記録は2010年8月にデイヴィッド・レクタ・ルディシャにより更新された。世界陸上ではスタートからフィニッシュまで先頭を譲らず2連覇を達成した。
1998年にマラリアを発症し、競技会に参加できなかったが、翌1999年に復帰し、その年のレースで10戦全勝。世界陸上でも優勝し、3連覇を果たした。2000年2月には、室内1000mで2分14秒96の世界記録を樹立するなど、この年の2000年シドニーオリンピックでの優勝候補筆頭であったが、接戦の末、ニルス・シューマン(ドイツ)に敗れて2位であった。
2002年のヨーロッパ陸上選手権では、オリンピックで敗れたシューマンや、世界チャンピオンのアンドレ・ブヒャー(スイス)らを抑えて優勝した。その後は故障を抱えながらも、2004年アテネオリンピックでは銅メダルを獲得するなどの活躍を見せ、2005年8月に引退を表明している。
2026年には、29年近くに渡って保持していた室内800mの世界記録もアメリカのジョシュ・ホーイによって破られた。