キプチョゲ・ケイノ
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ケイノは、1962年にオーストラリアのパースで開催された英連邦大会の3マイル(約4.8 km)に出場し11位に入ったのが彼のキャリアの始まりである。1964年の東京オリンピックでは5,000で5位入賞し、1,500mでは惜しくも決勝進出を逃している。
1965年の8月に、ケイノは初挑戦した3,000mでそれまでの世界記録を6秒以上更新し、7分39秒6を達成した。その後、5,000mでもロン・クラークの持っていた世界記録も更新する。1966年は、ジャマイカのキングストンで開催された英連邦大会で、1マイルと3マイルで金メダルを獲得、1970年の英連邦大会でも、1500mで金メダル、5,000mで銅メダルを獲得している。
1968年のメキシコシティオリンピックでは、1,500mではアメリカのジム・ライアンとの激闘の上、初めての金メダルを獲得(ケニア初の金メダルである。)。そして、5,000mでは病気にもかかわらず銀メダルを獲得した。1972年のミュンヘンオリンピックでも、ケイノは3,000m障害で金メダルを、1,500mで銀メダルを獲得した。
長脚を生かした伸びやかで柔らかいフォームはエレガントで、草原を疾駆するチーターを思わせ『草原のランナー』と呼ばれた。