ウィル・オーマン
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シカゴ・ホワイトソックス時代 (2011年8月10日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 |
ヘッセン州フランクフルト・アム・マイン |
| 生年月日 | 1977年8月13日(47歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 205 lb =約93 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1998年 ドラフト8巡目(全体226位)でシカゴ・カブスから指名 |
| 初出場 | 2000年9月19日 ミルウォーキー・ブルワーズ戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2013年 |
この表について
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ウィリアム・マクダニエル・オーマン(William McDaniel Ohman、1977年8月13日 - )は、旧西ドイツ生まれの元プロ野球選手(投手)。左投左打。
大学時代
ペパーダイン大学でプレイした。この大学で現在の妻と出会う。
プロ入りからカブス時代

(2007年4月27日)
1998年のMLBドラフトで、シカゴ・カブスに8巡目で指名された。 彼は1998年と1999年を、カブスのマイナー組織で過ごした。
2000年9月19日に、ミルウォーキー・ブルワーズ戦でリリーフ登板(1回無失点)し、メジャーデビュー。
2001年にもカブスで試合に登板した。
2002年にトミー・ジョン手術を受け、2004年まで登板することができなかった。
2005年4月26日には、2001年以来のメジャーリーグでの登板を果たす。
2006年4月2日には、開幕戦勝利も挙げている。
ブレーブス時代

(2008年5月8日)
2007年12月4日、オーマンはオマー・インファンテと共に、ホセ・アスカニオとのトレードでアトランタ・ブレーブスへと移籍する。
アトランタでは、2008年に83試合に登板し、ブレーブスで最も成功したリリーバーの1人としてシーズンを終える(防御率3.68)。また、この年の終わりにはFAとなる。
ドジャース時代
2009年3月30日、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結ぶ[1]。
しかし、オーマンは2009年には21試合しか登板が出来ず、シーズン最後の4ヶ月間は肩の故障の影響で故障者リストに入って過ごす。結局、FAとなり、ドジャース生活を終える[2]。
オリオールズ時代
オリオールズのキャンプに招待選手として参加したのち、2010年4月3日にメジャー契約を交わした。
マーリンズ時代
2010年7月31日、リック・バンデンハークとの交換トレードでフロリダ・マーリンズへと移籍した。その年のオフにはFAとなる。
ホワイトソックス時代
2011年2月8日、シカゴ・ホワイトソックスと2年契約を結んだ[3]。 2012年7月3日に放出される。
レッズ傘下時代
2012年7月21日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。9月には、第3回WBCのドイツ代表に選出された[4]。ドイツ代表は予選で敗退した。オフに、FA となった。
ナショナルズ傘下時代
2013年2月11日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結ぶ[5] も、3月9日に解雇された。