ウォッジェ環礁 From Wikipedia, the free encyclopedia ウォッジェ環礁(ウォッジェかんしょう、Wotje Atoll)は、中部太平洋のマーシャル諸島にある環礁で、マーシャル諸島共和国の行政区の1つである。 国マーシャル諸島共和国環礁ウォッジェ環礁環礁域632 km2陸上 8 km2概要 ウォッジェ環礁 Wotje Atoll, 位置 ... ウォッジェ環礁 Wotje Atoll 位置 Wotje(ウォッジェ)の位置。 行政 国 マーシャル諸島共和国 環礁 ウォッジェ環礁 地理 面積 環礁域 632 km2 陸上 8 km2 水面 624 km2 人口 人口 (2011年現在) 環礁域 859人 人口密度 107人/km2 人口密度は陸上面積で割り出したもの。 閉じる 概要 太平洋戦争中はウォッゼ環礁[1]と表記されており、現在でも戦争関連書籍ではそのように書かれることがある。一方、当該地域研究の専門家はウォッジェ環礁[2]またはウォッチェ環礁[3]とすることが多い。 地理 ウォッジェ環礁の陸地部分は8 km2 であり、マーシャル諸島の中でも最大規模の島の内の1つである。礁湖は624 km2 の広さを持つ。環礁で最大の島であるウォッジェ島は、環礁の東端部に位置する。 人口 1999年時点の島の人口は900名であった。2007年の時点ではほぼ1,000名である。この中にはノーザン・アイランド高校に通う寄宿生200名を含む。約125名はウォッジェ本島から8マイル北にあるウォドメジ(ウォルメジ)島で生活する。他の島々は無人で、コプラの生産やピクニック、食物採集などが行われている。 歴史 ウォッジェ環礁には1943年8月1日に海軍第64警備隊が着任。第四艦隊隷下の3500人が駐留していたが、同島の防備のため「三笠」と「春日」から取り外された15cm副砲が計6門提供されたという[4] [要文献特定詳細情報]。ウオッゼ環礁の砲台はクェゼリンの戦いにおいて、アメリカ海軍艦隊との交戦により破壊された[注釈 1]。アメリカ海軍の空襲を受け、上陸は阻止したが、2900人の餓死者を出した。 1945年9月5日、守備隊が降伏文書に調印。陸軍、海軍合わせて1414人は同年11月9日に浦賀港へ復員を果たした[5]。 対外関係 姉妹都市・提携都市 台南市(中華民国 直轄市) 交通 ウォッジェ空港からマーシャル諸島航空の国内線が飛んでいる。 出身・関連著名人 リトクワ・トメイン - ウォッジェ環礁出身のマーシャル諸島の政治家。2008年1月より第4代マーシャル諸島大統領に就任。 関連項目 ラタック列島 マーシャル諸島 脚注 [脚注の使い方]注釈 [1]『最前線指揮官の太平洋戦争』[要文献特定詳細情報] 228頁では、「三笠」の元副砲が重巡「ルイスビル」に損傷を与えたとするが、実際は重巡「インディアナポリス」からの誤射であった。砲台との交戦で損傷したのは駆逐艦「アンダーソン」であったという。 出典 [1]毎日新聞1944年(昭和19年)2月5日付記事(『昭和ニュース事典(8)』(毎日コミュニケーションズ、1994年、ISBN 978-4895632539)所収)など [2]太平洋学会編『太平洋諸島百科事典』(原書房、1989年、ISBN 978-4562020362)p.51 [3]中原聖乃・竹峰誠一郎『マーシャル諸島ハンドブック』(凱風社、2007 ISBN 978-4773632040) [4]最前線指揮官の太平洋戦争 2003, pp. 222–223. [5]日置英剛『年表 太平洋戦争全史』国書刊行会、2005年10月31日、750頁。ISBN 978-4-336-04719-9。 外部リンク Wotje Atoll(環礁の地図と英語解説)この項目は、マーシャル諸島に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキプロジェクト 国)。表示編集 Related Articles