ウケク
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ウケクまたはウヴェク (タタール語: Ükäk, ロシア語: Увек) は、ジョチ・ウルスの時代にヴォルガ川河畔に存在した都市。ジョチ・ウルスの首都サライとかつてのヴォルガ・ブルガールの首都ブルガールの中間にあり、1240年代に成立したと考えられており、14世紀前半には重要な交易拠点となった。
14世紀にウケクを訪れたイブン・バットゥータは、「中規模の街で、立派な建物と豊富な商品にあふれ、そして極めて寒い。」と描写している[1]。
ウケクの名は、中世の年代記にたびたび登場する。また1367年のピッツィガーノ兄弟や1459年のフラ・マウロによる地図にも記録されている。しかし1395年にティムールによって破壊され、廃墟となった[2]。1558年にロシア・ツァーリ国を訪れたイングランド人アンソニー・ジェンキンソンは、ウケクが廃墟になっていたことを記録している。現在ではサラトフの10キロメートル下流に遺跡があり、その近くには今もウヴェク村(Увек)が存在している。
2014年、考古学者たちとサラトフ博物館がウケクの発掘調査を行った。その結果、2棟のキリスト教の寺院とみられる建物や、ローマやエジプト、イラン、中国からもたらされたとみられる物産が見つかり、かつての街の繁栄ぶりがうかがえる[2]。