ウジェーヌ=アンドレ・ウディネ
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パリで生まれた。パリ造幣局の所長も務めた彫金家のアンドレ・ガル(André Galle: 1761-1844)の最も優れた弟子の一人となり、後にガルの孫娘と結婚した[2]。パリ国立高等美術学校に入学し、画家のドミニク・アングルや彫刻家のルイ・プティトー(Louis Petitot)に学んだ[3]。1831年にはメダル彫刻と貴石彫刻部門でローマ賞を受賞し、ローマに留学した[4]。
ローマ留学中の彫刻作品の一つの『傷ついた剣闘士』は、1837年のパリのサロンで注目を集め、2等のメダルを獲得した。ローマから戻ると印紙印刷局に所属し、その後国立造幣局に40年以上所属した。造幣局の仕事をしながら、彫像制作なども続け、様々な展覧会で入賞し、彫刻家としても国際的な評価も得ていた。硬貨やメダルの鋳造型の制作を手がけ、その中には1849年から1850年に発行された銀貨も含まれる。1837年から1887年まで、財務省の公式版画家も務めた[5]。
切手、印紙類のデザインと製版も行い、1868年に発行された電信切手や新聞切手(timbres pour journaux)のデザインと製版も手がけた。1870年に成立したフランス第三共和政時代の農業の女神ケレスの横顔がデザインされた銅貨と銀貨をデザインした。
1857年にレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を受勲した[6]。ブリュッセル美術アカデミーの会員にも選ばれた[7]。
1887年にパリで亡くなった。ウディネの弟子にはジュール・シャプラン(Jules Chaplain)[8]やユーベル・ポンスカルム[9]がいる。