ユーベル・ポンスカルム
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フランス東部、ヴォージュ県のベルモン=レ=ダルネ(Belmont-lès-Darney)の農家に生まれるが幼いころに家族とノンヴィル(Nonville)に移った。神学校で数ヶ月学んだ後、パリに出て版画家の弟子になるが、コレラに感染し1849年にノンヴィルに戻った。回復後、奨学金を得て1854年にパリに再び移り、パリ国立高等美術学校に入学し[1] 彫刻家のオーギュスト・デュモンやウジェーヌ=アンドレ・ウディネ、ルイ・メルレー(Louis Merley)に学んだ。1855年にローマ賞のコンクールの彫金の部門でアルフェ・デュボワ(Alphée Dubois)に次いで2位になった[2] 。彫金を専門とし、多くのメダルを制作しナポレオン3世の肖像メダル製作の注文を受け、1867年のパリ万国博覧会の記念メダルも制作した。1867年に制作した歴史家のジョセフ・ノーデ(Joseph Naudet )の肖像メダルは、高い評価を得た。
1867年にレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を受勲した。
15世紀の記念メダル作家のピサネロなどに倣って、主題のレリーフと背景の構成した手法には、多くの追随者が現れた。1871年にパリ国立高等美術学校の教授となり、ポンスカルムが教えた学生にはオスカル・ロティやアレクサンドル・シャルパンティエ、 オヴィド・ヤンセスがいる。