エウトロピウス
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出身地はボルドーとも、イタリアとも伝えられている[1]。361年、コンスタンティウス2世支配下の帝国で勅答局長(ラテン語:magister epistularum)に就任し、363年にはユリアヌス帝によるサーサーン朝ペルシア帝国への遠征に従軍した[2]。369年にウァレンス帝のもと文書局長(ラテン語:magister memoriae)に就任し、この頃『首都創建以来の略史』を執筆したとされている[1]。371年にアシア属州総督になり、その翌年には一度反逆罪の嫌疑を受けて失脚したが、冤罪が判明し赦された。380年から翌年にかけてはイリュリクム道長官に、387年にはウァレンティニアヌス2世帝とともに執政官に就任した。没年は不明。