エスメラルダ号火炎瓶投擲事件
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事件の概要
1975年7月23日午前4時40分頃、犯人は沖縄国際海洋博覧会のエキスポポートにモーターボートで乗り付け、停泊していたチリ海軍の練習艦「エスメラルダ号」に火炎瓶2本を投げつけた。うち1本は甲板で炎上し、甲板で仮眠していた乗組員1人が両足に全治二カ月の火傷を負い、もう1人が背中に軽い火傷を負った[1]。
続いて、海洋博協会の船舶「はくよう」と神戸商船大学の練習船「深江丸」にも火炎瓶を投げつけたが、すぐに消し止められ、怪我人はいなかった。海洋博協会の他の船舶が追跡をしたが、見失ってしまった。
沖縄県警察が近くの渡久地新港を捜索したところ、不審なボートを発見した。ボートのエンジンは熱を帯びており、しかも中から火炎瓶が見つかったことから、犯行に使われたボートと断定し付近を捜索した。そして、ずぶ濡れになっている不審者を発見したため逮捕した。
エスメラルダ号の負傷者2人は自衛隊機で東京に搬送され、自衛隊中央病院に入院して治療を受けることになった。チリ政府は「日本・チリ親善関係には影響せず」とし、事を荒だてなかった。
