エドウィン・イファニー

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本名 エドウィン・イファニー
愛称 エド
ラテン文字 Edwin Ifeanyi
エドウィン・イファニー
名前
本名 エドウィン・イファニー
愛称 エド
ラテン文字 Edwin Ifeanyi
基本情報
国籍 カメルーンの旗 カメルーン
生年月日 (1972-04-28) 1972年4月28日(53歳)
身長 178cm[1]
体重 72kg[1]
選手情報
ポジション MF[1]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
カメルーンの旗 プレヴォヤンス・ヤウンデ
フランスの旗 スメンニル
1995-1997 日本の旗 東京ガス 72 (16)
1998 日本の旗 ヴェルディ川崎 2 (0)
1999 日本の旗 大宮アルディージャ 10 (0)
1999 日本の旗 大分トリニータ 18 (1)
2000 日本の旗 モンテディオ山形 32 (3)
2004 カメルーンの旗 バフーサム
2005 カメルーンの旗 MCFC
通算 134 (20)
代表歴
1992-1994 カメルーンの旗 カメルーン 2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

エドウィン・イファニーEdwin Ifeanyi, 1972年4月28日 - )は、カメルーン出身の元同国代表の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダーフォワード

1995年に訪日し、ジャパンフットボールリーグを戦う東京ガスサッカー部(現・FC東京)に入団。この時点では、後にJリーグで大活躍するパトリック・エムボマの訪日前でもあり、日本では珍しいカメルーン人プレイヤーとして注目された。左右のサイドハーフやトップ下に入り、攻撃的MFとして運動量とチャンスメイクで貢献[2]。ほぼ通年で出場し安定した活躍を見せた。1997年末の天皇杯ベスト4入りを最後に「カメルーン代表に復帰するため」[3] チームを離れた。

1998年、Jリーグ・ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)へ移籍。しかし層が厚いV川崎では出場機会に恵まれず、これ以後J2のチームを渡り歩いた。1999年には大宮アルディージャの背番号10を託され、序盤はトップ下に配されていたが、故障もあってシーズン途中でJ1昇格を古巣のFC東京と争う大分トリニータへと移籍。最後の最後にJ1昇格を逃すという目まぐるしい1年を過ごした。2000年のモンテディオ山形でのプレー[1] を最後に離日。フランクかつ真面目な好漢であり、ファンに親しまれた。エドウィンの日本でのプレー期間中に兄弟も日本に居住し、日本で料理店を開店している。

その後カメルーンへ戻り、2004年はラシン・クラブ・バフーサム[4]、2005年はマウント・カメルーンFC[5] に所属していた。

代表

1992年7月11日、南アフリカ代表との親善試合でカメルーン代表デビューを果たした[6]。1994年5月3日、韓国代表戦で2キャップ目を記録[7]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1995東京ガス28旧JFL151-00151
1996297-32329
199712288-51339
1998V川崎14J20300050
1999大宮10J210020-120
大分14181-00181
2000山形11323-13336
通算日本J1 20300050
日本J2 6042013637
日本旧JFL 7216-838019
総通算 13420509614826

代表歴

試合数

  • 国際Aマッチ 7試合(1990年-1994年)[8]
カメルーン代表国際Aマッチ
出場得点
199040
199100
199210
199300
199420
通算70

出典

関連項目

外部リンク

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