1930年から1931年の間に行われたモンゴル、中央アジアの調査に参加した。第二次世界大戦の始まる直前にレニングラードの植物学研究所で博士号を得て、1941年に研究員となった。第二次世界大戦中は、病院の看護婦として働き、キルギスのフルンゼ(ビシュケク)やカザンで働いた。1944年にレニングラードに戻り植物学研究所の再建に貢献した。
1946年から1947年の間と1949年にコーカサスやクリミアを調査し、1953年に、モンゴル・アルタイ山脈を調査した。多くの科の植物に関するモノグラフ(総括論文)を執筆し、ソビエトで編纂された大規模な事典『ソビエト連邦の植物』("Флора СССР")に貢献した。
アカネ科の植物の種、Galium pobedimovae やキク科の植物の種、Taraxacum pobedimovae スミレ科の植物の種、Viola pobedimovae(Viola ruppiiのシノニム)などに献名された。