エマニュエル・スチュワード
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来歴
幼少・アマチュア時代
エマニュエル・スチュワードは1944年にウェストバージニア州で生まれる。両親が離婚したことで、12歳の時に母と一緒にミシガン州デトロイトに移り住んだ。短期間自動車業界で仕事をした後、ジョー・ルイスやエディ・ファッチが居たブルースター・レクリエーション・センターに入会してボクシングを始める。アマチュアボクシングでは1963年のナショナルゴールデングローブトーナメントでの勝利を含め、95勝3敗という戦績を残している。しかし、家族の経済的理由などから就職が求められプロの道を諦めて、電気技術者として働くようになった。
トレーナー時代
1971年に弟のジェームズに付き添って近所のクロンクジムに行くようになったが、スチュワード自身は同ジムのパートタイムコーチになった。直ぐに多くの優秀なアマチュアボクサーを輩出し、全米に認知されるようなトレーナーとなった。トーマス・ハーンズら数々の選手を育て、1996年には国際ボクシング名誉の殿堂博物館に殿堂入りした[1]。
晩年はクロンク・ジムの会長になった。
