エミー・ヴェルヘイ
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- 生い立ちと修学期
1949年、アムステルダムで生まれた。7歳から父親の手ほどきでヴァイオリンをはじめ、やがて神童といわれるようになり、8歳の時にオスカー・バックに入門した。その後はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターのヘルマン・クレバースやテオ・オロフ、さらにヴォルフガング・シュナイダーハン、ベラ・デカニーの各氏に師事した[1][2]。
1966年のチャイコフスキー国際コンクールに挑戦し、入賞こそ逃したものの、大会始まって以来最年少のファイナリストとなったことで注目を浴びた[3]。1967年にはオスカー・バック・コンクールで優勝を果たし[4]、モスクワに留学して1年間ダヴィッド・オイストラフの薫陶を受けた。1971年にはアイントホーフェンのトロンプ国際音楽コンクール[5]において優勝した。
- ヴァイオリニストとなって
1970年代から活発に演奏活動及び録音活動を活発に行い、ベルナルト・ハイティンクやリッカルド・シャイーのほか、マリス・ヤンソンス、レナード・バーンスタイン、デイヴィッド・ジンマン、ジャン・フルネ、エドゥアルド・マルトゥレらの指揮者と共演。ヴァイオリニスト仲間では、オイストラフ父子のほか、ユーディ・メニューインとも共演した。ほかにマリア・ジョアン・ピレシュやユーリ・エゴロフ、ヤーノシュ・シュタルケルらとも共演している[6]。これまでに欧米やイスラエル、日本で演奏活動を行ってきた。
1983年から2002年までユトレヒト音楽院で教鞭を執り、1991年には同音楽院の学生たちを中心にしたバロック音楽から現代音楽までを取り上げる弦楽アンサンブル「カメラータ・アントニオ・ルチオ」の共同設立者に名を連ねた。
2015年いっぱいで演奏活動から引退した[7]。