エリザベス要塞
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1815年、カウアイ島の王カウムアリイは、すでにカメハメハ大王へ恭順を誓っていたのもかかわらず、ロシア帝国の国策会社である露米会社のドイツ人、ゲオルク・アントン・シェーファーに会った時、ロシア帝国のアレクサンドル1世の保護国になってもいいとの条約を認める。カウムアリイ王はシェーファーへカウアイ島南西部のワイメアに要塞を作る許可を与え、アレクサンドル1世の皇后エリザヴェータ・アレクセーエヴナの名を取って、エリザヴェータ要塞と名付けられた。また同時期に、カウアイ島北部のハナレイにアレクサンドル要塞とバルクライ・ド・トーリ要塞も露米会社により作られている。
1817年、エリザヴェータ要塞はワイメア川の左岸に、ワイメア湾を見下ろすように作られ、そこは1778年にジェームズ・クックが初めてハワイ諸島へ上陸した地点のワイメア川向かいであった。要塞の全体はほぼ八角形の星型要塞で、縦91メートル、横140メートルで、堡塁は高さ6.1メートルであった。要塞の中には教会があり、これはハワイで最初の正教会であった。しかし、シェーファーにロシア皇帝の後ろ盾がないことが分かり、彼はカウアイ島を退去させられた。ハワイ王国海軍を率いていたアレクサンダー・アダムズは1817年10月少し前にエリザヴェータ要塞を占領して、ロシア国旗をハワイ王国国旗に変えている。
1824年にカウムアリイ王の息子のフメフメがこの要塞を襲って反乱を企てるが、逆にそこで捉えられてしまう。要塞は1853年に使用中止されている。
その後、1860年代にエリザヴェータ要塞にあった銃、大砲なども取り外されて、要塞は完全に廃棄された。
現在は州立公園
現在、この要塞跡は「ロシアのエリザベス要塞」("Russian Fort Elizabeth")としてアメリカ合衆国国定歴史建造物になっていて、回りはハワイ州立歴史公園になっている。簡単な案内所があり、資料を貰い自分で公園内を回ることができる。


