エリスのパイドン

From Wikipedia, the free encyclopedia

エリスのパイドン古代ギリシャ語: ΦαίδωνPhaídōn, 活躍:紀元前4世紀、生没年不明)は古代ギリシア哲学者で、エリス学派の創設者。長音を略さずにパイドーンとも表記される。

パイドンは紀元前5世紀の終わりにエリスに生まれた。紀元前401年から紀元前400年、エリスとスパルタの戦争で、パイドンは捕虜となった。アテナイ少年愛の売春宿の奴隷男娼)となり、その美貌は評判となった。それからソクラテスの弟子となり、ソクラテスに目をかけられ、彼に身請けされて自由の身にしてもらった。テーバイのケベスCebes of Thebes)やプラトンとは友人だったようで、プラトンの対話篇『パイドン』にその名を残している(アイスキネスにも同名の対話篇がある)。しかし、アテナイオスはプラトンのパイドン観の正確性を否定し、プラトンとパイドンの関係は友情ではなかったと述べている。

ソクラテスの死後まもなく、パイドンはエリスに戻り、エリス学派を興した。弟子たちの中にはアンキピュロスモスコスMoschus)、そして継承者のプレイスタノスがいた。その後、メネデモスMenedemus)とプレイウスアスクレピアデスによってエレトリアに場所を移した。それはエレトリア学派として知られ、(たとえばキケロなどによって)しばしばメガラ学派と同一視されている。

哲学

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI