エリック・フェルナンド・ボテギン
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エリック・フェルナンド・ボテギン(Eric Fernando Botteghin,1987年8月31日 - )は、ブラジル・サンパウロ出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。アスコリ・カルチョ1898 FC所属。イタリア国籍も所有。
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| 名前 | ||||||
| 本名 | Eric Fernando Botteghin | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1987年8月31日(39歳) | |||||
| 出身地 | サンパウロ | |||||
| 身長 | 194cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF (CB) | |||||
| 背番号 | 33 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2003-2005 |
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| 2006 |
→ | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2011 |
| 138 | (12) | |||
| 2011-2013 |
| 64 | (5) | |||
| 2013-2015 |
| 83 | (6) | |||
| 2015-2021 |
| 135 | (9) | |||
| 2021- |
| 31 | (2) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2022年5月3日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
経歴
グレミオ・バルエリ
グレミオ・バルエリのユースを経てSCインテルナシオナルへ1年レンタル。そこでオランダで行われた大会に参加して優勝し、PECズヴォレによってスカウティングされた。
PECズヴォレ
PECズヴォレは2007年1月にボテギンを獲得した。即座にスタメンを掴み、5年未満でリーグ戦(エールステ・ディヴィジ)138試合に出場。当時ズヴォレの監督だったヤン・エーフェルスはボテギンについて「彼の移籍金は50万ユーロだが、2年後には4倍でトップ3へ売れる選手になる」と予言していたが、その条件を満たすオファーが無かったことで契約を満了。2011年にフリー移籍でズヴォレを去ることを決めた。
NACブレダ
FCフローニンゲン
FCフローニンゲンは移籍金65万ユーロでボテギンを獲得、3年契約を結んだ[2]。2014-15シーズンにはこのクラブでKNVBカップを優勝し、このシーズンの高いパフォーマンスにより、オランダの年間最優秀選手クラッセメントでブロンゼン・スフーンを獲得している。
フェイエノールト
2015年8月にフェイエノールトと2019年夏までの契約を結んだ[3]。フローニンゲンに払われた移籍金は約250万ユーロであり、多少時間がかかったがエーフェルスの予言が実現することになった。スフェン・ファン・ベークとテレンス・コンゴロのCBコンビの前でボテギンは当初は控えだったものの、ウィンターストップ以降にファン・ベークの不調によりスタメンを掴むと4月には自身2回目のKNVBカップ優勝を経験した。この大会ではケルクラーデでの準々決勝ローダJC戦(0-1)で延長に決勝点を決めている。2016-17シーズンはファン・ベークの長期離脱により不動のスタメンとなり、キャリアトップのパフォーマンスでリヌス・イスラエル、ジョン・デ・ヴォルフといったクラブの歴史を代表するCBと並び称されるほどの高い評価を受けた[4]。このシーズンUEFAヨーロッパリーグで初の欧州カップ戦にも出場。
アスコリ
2021年8月3日、アスコリ・カルチョ1898 FCに2年契約で移籍した。
プレースタイル・評価
多くのブラジルCB同様に屈強なフィジカルを持ち、競り合いと空中戦に強い。フーゴ・ボルストは2016年9月に「DFとして彼の素晴らしいところは冷静さ。ポジショニングに優れ、DFとしては良いテクニックを備え、空中戦に非常に強く、素晴らしいタックルを持つ」と技術的な面だけでなく精神的な強さも指摘し、「もし彼がウリ・ファン・ホッベルのスピードを持っていたら、今頃はマンチェスター・ユナイテッドFCの所有物になっていただろう」[5]と評している。
タイトル
- フェイエノールト
- エールディヴィジ : 2016-17
- KNVBカップ : 2015-16, 2017-18
- ヨハン・クライフ・スハール : 2017, 2018