テレンス・コンゴロ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Terence Kongolo | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1994年2月14日(31歳) | |||||
| 出身地 | フリブール | |||||
| 身長 | 188cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2012-2017 |
| 106 | (1) | |||
| 2017-2018 |
| 3 | (0) | |||
| 2018 |
→ | 13 | (0) | |||
| 2018-2020 |
| 43 | (1) | |||
| 2020 |
→ | 1 | (0) | |||
| 2020-2024 |
| 1 | (0) | |||
| 2022-2023 |
→ | 14 | (0) | |||
| 2023-2024 |
→ | 12 | (0) | |||
| 2024- |
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| 代表歴 | ||||||
| 2009 |
| 2 | (0) | |||
| 2009-2010 |
| 4 | (1) | |||
| 2010-2011 |
| 16 | (2) | |||
| 2011-2012 |
| 2 | (0) | |||
| 2012-2013 |
| 10 | (0) | |||
| 2013 |
| 1 | (0) | |||
| 2013-2015 |
| 6 | (1) | |||
| 2014-2018 |
| 4 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2024年5月26日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
テレンス・コンゴロ(Terence Kongolo、1994年2月14日 - )は、スイス・フリブール出身のサッカー選手。元オランダ代表。ポジションはDF(センターバック)。ロドニー・コンゴロは弟。音節の分け方はKon/go/loであり、nとgは分けて発音されるため、コンホロ表記も可能。[要出典]
フェイエノールト
スイスで生まれたが、幼少期にロッテルダムに移住した。RVV Hillesluisでサッカーを始め、フェイエノールトの9歳以下のチームに加入。同じ94年組であるアナス・アチャバール、トニー・フィリェナ、ジャン・パウル・ボエチウス、カリム・レキク、カイル・エベシリオと共にフェイエノールトでユース時代を過ごした。左利きだがレキクと共にプレーしてきたため、右CBでのプレーに慣れている。2012年7月25日に2016年までの新契約を結んだ[1]。
2012年4月14日のSBVエクセルシオールとのホームゲームにおいて途中出場でトップチームにデビュー。2012年9月27日のNECナイメヘンとのカップ戦で初ゴールを挙げている。
2012-13シーズンはステファン・デ・フライ、ヨリス・マタイセンの負傷離脱を受けてブルーノ・マルティンス・インディの右で3試合スタメン出場で高評価を得たが、10月7日のFCフローニンゲン戦ではイエローカード2枚で前半30分を待たずに退場処分を受けた。11月19日のリザーブチームの試合で膝の靱帯を痛めて数ヶ月間離脱した[2]。
2013-14シーズンは長期離脱から戻った後も層の厚いDF陣の前にトップチームでの出場機会に恵まれず、冬の移籍市場でレンタル移籍を希望した[要出典]が、ロナルド・クーマン監督から「チャンスは必ず来る」と慰留を受けて残留。そのチャンスはすぐに訪れ、眼部出血でヨリス・マタイセンが離脱したことで1月31日のフィテッセ戦からスタメン出場すると、安定したパフォーマンスをみせた。
マタイセン復帰後も左サイドバックや左CBでスタメン出場を続け、2月23日のFCトゥウェンテ戦ではエールディヴィジのベストプレイヤーの一人ドゥシャン・タディッチを完全に抑え込んで高い評価を受けた[要出典]。3月9日のFCフローニンゲン戦でも左サイドバックとしてスタメン出場し[要出典]、右サイドバックのスフェン・ファン・ベークと共に攻守に大きな貢献を見せ[要出典]、ルベン・スハーケンが決めた先制点のアシストで前シーズンの退場劇のリベンジを果たした。
2014-15シーズンはシーズンスタート直後こそワールドカップの疲れを感じさせる低調な出来だった[要出典]が、9月21日のホームでのアヤックス戦でこのシーズン初めてCBで起用されるとスピードを活かした前進守備とタックルの能力で高い評価を受け、それ以降ファン・ベークとのコンビでスタメンに定着。しかしシーズン終盤にはチームと共に調子を落とした。[要出典]
2015-16シーズンも当初CBのスタメンとしてプレーしていた[要出典]が、ミケル・ネロムの不調によって再び左サイドバックでの起用が続き[要出典]、前へのスピードとフットボール能力、競り合いの強さで再び高い評価を受け[要出典]、2016-17シーズンもファン・デル・ハイデンがCBのスタメンに定着したことでコンゴロは左サイドバックに集中、フェイエノールトのエールディヴィジ優勝に大きく貢献した。[要出典]
モナコ
2017年7月3日、ASモナコへの移籍が発表された、移籍金は報道で最低1500万ユーロ[3]。契約期間は2022年までとなっている[4]。
ハダースフィールド
2018年1月2日、ハダースフィールド・タウンFCへシーズン終了までのレンタル移籍が発表された[5]。
2018年6月8日、レンタル移籍で加入したハダースフィールド・タウンFCへ完全移籍することが発表された[6]。4年契約を結び、移籍金は非公開だがクラブ過去最高額と発表された[要出典]。
フラム
2020年10月16日、フラムFCに完全移籍し、4年契約(1年延長オプション)を結んだ[8]。
NACブレダ
2024年9月2日、NACブレダに2年契約で移籍した[9]。
代表
2011年のUEFA U-17欧州選手権でチームでフェイエノールト・ユースのチームメイトらとスタメンでプレーし優勝。5-2で勝利したドイツとの決勝でゴールを決めている。