エリック・ロールズ
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エリック・ロールズ | |
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| 生誕 | 1923年4月25日(103歳) |
| 死没 | 2007年10月31日(84歳没) |
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| 職業 | 作家・詩人・農業家・環境史家 |
| 配偶者 | ジョーン・スティーヴンソン(1985年没)、エレイン・ヴァン・ケンペン(1988年–2007年) |
エリック・チャールズ・ロールズ (Eric Charles Rolls AM、1923年4月25日 - 2007年10月31日)は、オーストラリアのネイチャーライティング作家・詩人・農業家・環境史家である。ニューサウスウェールズ州グレンフェルに農家の子として生まれ、45年以上にわたって自ら土地を耕しながら20冊以上の著作を世に送り出した。代表作『A Million Wild Acres』(1981年)はオーストラリア環境文学の古典として高く評価され、オーストラリアにおける中国人移民の歴史を描いた二巻本『Sojourners』(1992年)と『Citizens』(1996年)はオーストラリア多文化史研究に大きな足跡を残した。文学と環境保護への貢献が認められ、オーストラリア勲章(Member, AM)を受章し、オーストラリア人文学アカデミーフェローに選出された。[1][2]
生い立ちと教育
エリック・チャールズ・ロールズは1923年4月25日、ニューサウスウェールズ州グレンフェルの農家に生まれた。幼少期はニューサウスウェールズ通信制学校を通じた在宅教育を受けた後、シドニーの名門フォート・ストリート・ハイスクールに進学した。後年のロールズは、農業生活が作家としての自分を形成したと語り、「農業とは執筆の最良の基盤です。それは確かな支えを与えながらも脆弱性の感覚を保ち、驚異と災厄を生み出し、約束しては撤回する。生を均衡に保ち、作家に不可欠な滑稽さへの感覚を育んでくれます」と述べている。[3]
第二次世界大戦と帰還
第二次世界大戦中はオーストラリア帝国軍(AIF)に従軍し、パプアニューギニアとブーゲンビル島での戦闘に通信兵として参加した。この体験は後に詩集『The Green Mosaic: Memories of New Guinea』(1977年)に結実する。[4]
農業と執筆活動
戦後の1946年より、ニューサウスウェールズ州北西部のピリガ・スクラブ(Pilliga Scrub)に隣接する土地に農場を開いた。後に「カンバーディーン(Cumberdeen)」と呼ばれるようになったバラダイン近郊のこの農場で、ロールズは45年以上にわたり農業を営みながら、シドニーのミッチェル図書館で長期の資料調査を重ね、執筆活動を続けた。60歳の誕生日に書きたい本の数を数え上げた際、以後は「エーカーではなく言葉を毎日耕す」と決意し、晩年は農業から執筆に軸足を移した。[5]
晩年と死
第一の妻ジョーン・スティーヴンソンが1985年に死去した後、同年から調査助手として働いていたエレイン・ヴァン・ケンペン(1937年–2019年)と1988年に再婚した。晩年はニューサウスウェールズ州ミッドノースコーストのカムデン・ヘイヴンに移り住み、1日の執筆を終えた後の釣りを楽しみとした。2007年10月31日、84歳でカムデン・ヘイヴンにて逝去した。子にキム、ケリー、ミッチの3人がいる。[6]
学術的業績
環境史への貢献
ロールズは詩人・農業家として出発しながら、独学のナチュラリストとしてオーストラリアの環境史・自然史研究に独自の貢献を行った。最初の主要ノンフィクション作品『They All Ran Wild: The Story of Pests on the Land in Australia』(1969年)は、ウサギをはじめとするオーストラリアの外来種・有害動物の歴史を描き、1970年のキャプテン・クック二百周年記念賞ノンフィクション部門を受賞した。この作品は外来種問題とオーストラリアの土地管理への鋭い問題提起として、後続の環境文学に大きな影響を与えた。[7]
『A Million Wild Acres』
1981年に刊行された『A Million Wild Acres: 200 Years of Man and an Australian Forest』(100万エーカーの荒野:ある森と200年の人間史)は、ロールズの代表作であり、オーストラリア環境文学の古典として位置付けられている。ピリガ・スクラブを中心とする森林と、そこにかかわってきた入植者・動植物・先住民の歴史を描いたこの作品は、「現在のオーストラリアの密林は200年の開墾の残滓である」という通説を覆し、アボリジニの定期的な野焼き管理が森林構造を規定していたことを論証した。詩人レス・マレーはこれをアイスランド・サガになぞらえ、「純粋な人間の歴史ではなく、人間と非人間的次元とを深く絡み合わせた生態学的歴史」と評した。オーストラリア国立大学名誉教授のトム・グリフィスは、同書がすべての生物に個人名を付与し動植物を人間と同等な歴史の主体として扱う「民主的な生命の承認」によって、森を言葉で生き返らせたと論じた。[8][9]
中国系オーストラリア史の研究
後期の大きな業績として、中国とオーストラリアの数世紀にわたる関係史を描いた全二巻の大作がある。第一巻『Sojourners: The Epic Story of China's Centuries-old Relationship with Australia: Flowers and the Wide Sea』(1992年、クイーンズランド大学出版)は、ゴールドラッシュ期の中国人移民、アヘン問題、博打文化、ハンセン病と天然痘など多岐にわたるテーマを25年の調査に基づき詳述した。続く第二巻『Citizens: Flowers and the Wide Sea: Continuing the Epic Story of China's Centuries-old Relationship with Australia』(1996年)は白豪主義政策以降の時代を扱い、中国系住民がいかにオーストラリア文化に織り込まれてきたかを描いた。本書は2017年に中国語に翻訳・刊行され、オーストラリア大使が序文を寄せた。[10][11]
主な著作
- Sheaf Tosser and Other Poems (1967, Angus & Robertson)
- They All Ran Wild: The Story of Pests on the Land in Australia (1969, Angus & Robertson)
- The River (1974, Angus & Robertson)
- The Green Mosaic: Memories of New Guinea (1977, Ure Smith)
- Miss Strawberry Verses (1978)
- A Million Wild Acres: 200 Years of Man and an Australian Forest (1981, Thomas Nelson Australia)
- Running Wild (1982) ※児童書
- The River: A Chronicle of Life on the Land (1984)
- Celebration of the Senses (1984)
- Doorways: A Year of the Cumberdeen Diaries (1989)
- Sojourners: The Epic Story of China's Centuries-old Relationship with Australia: Flowers and the Wide Sea (1992, University of Queensland Press)
- From Forest to Sea: Australia's Changing Environment (1993)
- Citizens: Flowers and the Wide Sea: Continuing the Epic Story of China's Centuries-old Relationship with Australia (1996, University of Queensland Press)
- A Celebration of Food and Wine (1997)
- Australia: A Biography (2000)
- Visions of Australia: Impressions of the Landscape 1642–1910 (2002)
受賞・栄誉
- オーストラリア勲章(Member, AM)——文学と環境保護への貢献
- オーストラリア人文学アカデミーフェロー(FAHA)
- オーストラリアン・クリエイティブ・フェロー
- 1970年 キャプテン・クック二百周年記念賞(ノンフィクション部門)——『They All Ran Wild』
- 1973年 ジョン・フランクリン賞(児童書部門)——『Running Wild』
- 1981年 ジ・エイジ・ブック・オブ・ザ・イヤー賞(ノンフィクション部門)——『A Million Wild Acres』
- 1981年 C・J・デニス文学賞(自然史部門)
- 1982年 ナショナル・ブック・カウンシル賞(オーストラリア文学部門)ショートリスト——『A Million Wild Acres』
- グリーニング・オーストラリア・ジャーナリズム賞
- ランドケア・メディア賞
- 点字ブック・オブ・ザ・イヤー賞
- トーキング・ブック・オブ・ザ・イヤー賞[12][13]
思想・考え方
ロールズには、「人間と自然の相互作用によって生み出される動態的な生態系」への肯定的な眼差しにある。彼は「手つかずの原始的な自然」という概念に懐疑的で、人間の介入によって撹乱・変容した自然もまた独自の豊かさを持つと主張した。ピリガの森を研究することで、アボリジニの定期野焼きが「原始的な自然」を形成していたことを実証し、ヨーロッパ人入植後の野焼き停止こそが現在の密林を生み出した「新しい生態系」であることを論じた。この見解は「撹乱された自然は常により劣る」という仮定に挑戦するものであり、時に環境保護運動側からも批判を受けたが、ロールズは保守派にも緑の党系の保護活動家にも同様に独自の見解を主張した。[14]
また、移民・多文化主義についても独自の視点を持ち、人間の移住を生態学的な類推を用いて理解する姿勢をとった。中国系移民史の研究では、周縁化されてきた声を中心に据え、文化的混交をオーストラリア発展における創造的な力として描いた。さらに詩人として、すべての生物に「名前と尊厳」を与える叙述スタイルを貫き、動植物を人間と同等の歴史の主体として扱った。[15]
発言
ロールズの思想の理解を助けるため、キーワードごとに分類した彼自身の説明等の発言を以下に引用する。
- 農業と創作の関係
- 「農業とは執筆の最良の基盤なのです。それは確かな支えを与えながらも脆弱性の感覚を保ち、驚異と災厄を生み出し、約束しては撤回する。生を均衡に保ち、作家に不可欠な滑稽さへの感覚を育んでくれます」
- (原文:"It is an excellent background for a writer: it gives solid support yet maintains a sense of vulnerability; it produces marvels and disasters; it promises and retracts. It keeps life in balance and preserves a proper sense of the ridiculous, essential in a writer.")[16]
- 言葉と土地
- 「60歳の誕生日に、これから書きたい本が何年あれば書けるか計算してみました。そして、エーカーではなく言葉を毎日耕す、と決めたのです」
- (原文:"On my sixtieth birthday I happened to be working out how many years it would take me to write the next five books... and decided to work words a day, every day, instead of acres.")[17]
- オーストラリアの森林について
- 「オーストラリアはもともと樹木に覆われた土地ではありませんでした。オーストラリア先住民が定期的な野焼きによって森を開いていたのです」
- (原文:"Australia was not a timbered land that has been cleared. Aborigines kept the forests open with their light, regular burning.")[18]
- 「野生(wild)」の概念について
- 「私は少し市民化されていますから」——題名に「ワイルド(wild)」を再び使うことへの編集者の提案に対し、半ば冗談めかして逡巡を示した際の言葉。ロールズが農家として見出した「野生」とは、手つかずの原初ではなく、人間と自然が絡み合って生み出した動態的で混雑した豊かさを意味していた。
- (原文:"I'm a bit dubious about another title with wild in it – I am partly civilised.")[19]