キューバでは1991-1992シーズンから2000-2001シーズンまで、国内リーグであるセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルのレオネス・デ・インドゥストリアレスに所属し、主にリリーフ投手として10年間で28勝を挙げた[2]。
2001年11月にキューバを離れブラジルへ亡命[2]。
2008年のコパ・アメリカ・デ・ベイスボルではブラジル代表の一員として出場した[要出典]。
2012年に第3回WBC予選のブラジル代表に最年長の40歳で選ばれ、翌2013年3月開催の本選にも登板した[3]。
その後は散発的にプレーを続けながら、少年野球の指導者として活動している[2]。