バリー・ラーキン

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生年月日 (1964-04-28) 1964年4月28日(61歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
バリー・ラーキン
Barry Larkin
ムンバイ・コブラス GM
2017年3月22日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州シンシナティ
生年月日 (1964-04-28) 1964年4月28日(61歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1985年 MLBドラフト1巡目
初出場 1986年8月13日
最終出場 2004年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 1984年
殿堂表彰者
選出年 2012年
得票率 86%
選出方法 BBWAA[:en]選出
オリンピック
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
1984

バリー・ルイス・ラーキンBarry Louis Larkin, 1964年4月28日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ出身の元プロ野球選手遊撃手)。右投右打。ベースボール・ユナイテッドムンバイ・コブラスのGMを務める。プロ入りから19年間すべてのシーズンをシンシナティ・レッズで過ごしたフランチャイズ・プレイヤーである。

9歳下の実弟スティーブン・ラーキン英語版も元メジャーリーガー。息子のシェーン・ラーキンはバスケットボール選手。

プロ入り前

子供の頃は地元シンシナティ・レッズの遊撃手であるデーブ・コンセプシオンが憧れの選手だった。1982年MLBドラフト2巡目(全体51位)でレッズから指名を受けるが契約せず、ミシガン大学へ進学。1984年には第13回日米大学野球選手権に出場[1]、さらにロサンゼルスオリンピックアメリカ合衆国代表として出場し、銀メダルを獲得した。

プロ入りとレッズ時代

1985年MLBドラフト1巡目(全体4位)で再びレッズから指名され、プロ入り。

1986年はAAA級デンバー・ゼファーズで打率.329、10本塁打、10三塁打を記録し[2]8月13日サンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャーデビュー[3]。憧れだったコンセプシオンを押しのけてショートのレギュラーに定着し、8月17日サンディエゴ・パドレス戦でラマー・ホイトからメジャー初本塁打を放つ[4]など打率.283、3本塁打の成績。ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票では1ポイントを獲得した[5]

1988年11月には日米野球グレッグ・マダックスラファエル・パルメイロらと共に来日。打率.476を記録しMVPに選ばれている。

1990年にはチームの中心選手としてワールドシリーズ制覇に貢献。

1995年には打率.319、15本塁打、66打点の成績だったが、本塁打・打点の二冠王ダンテ・ビシェットを抑えてナショナルリーグMVPを受賞。成績以上にチームリーダーとしての役割が評価されての受賞だった。

1996年には33本塁打、36盗塁を記録し、遊撃手としては史上初の「30・30」を達成した。さらに彼はヒスパニックのチームメイトと関係を構築するためにスペイン語を学んだ。

1997年、チームではコンセプシオン以来となるキャプテンに就任。

1998年、シーズン最終戦の9月27日に弟のスティーブン・ラーキン英語版が1試合だけ一塁手で出場し、兄弟同時出場が実現した。この試合で、当時レッズに所属していたブレット・ブーンアーロン・ブーン兄弟もそれぞれ二塁手三塁手で出場し、史上初の兄弟2組同時出場が実現した。

2000年8月21日にピート・ローズ、コンセプシオン、ジョニー・ベンチに次いで球団史上4人目の通算2000本安打を達成。

2004年10月2日に引退式が予定されていたが、まだ引退の意思が無かったため辞退した。

引退後

2005年2月に正式に引退を表明。その後、ワシントン・ナショナルズGM特別補佐に就任した。

2012年1月9日に全米野球記者協会の投票により86%の得票率を得てアメリカ野球殿堂表彰が決定した[6]

ラーキンの背番号「11」。
シンシナティ・レッズの永久欠番2012年指定。

また、同年8月に古巣レッズはラーキンの現役時代につけていた背番号11永久欠番に指定することを発表した。9月20日にブラジル野球連盟はラーキンが第3回WBC予選のブラジル代表の監督に就任したことを発表した[7]

2014年に南米野球を普及強化するため行われた『エリートキャンプ』にコーチとして参加した[8]

2016年9月に行われた第4回WBC予選に、前大会に引き続きブラジル代表監督を務めた[9]

2021年からレッズの専属解説者を務める[10]

2022年7月26日にマリアノ・リベラと共にステークホルダーとしてインド、パキスタン、中東にてユナイテッド・インターナショナル・ベースボール・リーグ の発足を発表した[11]

2023年5月22日にベースボール・ユナイテッドムンバイ・コブラスのGMに就任した[12]

選手としての特徴

スピードとパワー、ずば抜けた運動能力を持ち合わせ、「1990年代ナショナルリーグを代表するベスト・ショートストップ」と評される[13]。19シーズンに及ぶ現役生活において通算2340安打、198本塁打、379盗塁と言う数字を積み重ね、シルバースラッガー賞に9度、ゴールドグラブ賞に3度輝いた。

人物

松井稼頭央とは面識があり、2013年のワールド・ベースボール・クラシックでは練習の際に「カズ!」と自ら呼びかけ抱擁と握手を行った[14]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1986 CIN 41169159274543364198001910212.283.320.403.723
1987 125488439641071621216343216533635528.244.306.371.677
1988 1516525889117432512252564071054138247.296.347.429.776
1989 9735732547111144414536105282052237.342.375.446.821
1990 158681614851852567243673057449374914.301.358.396.754
1991 123527464881402742023569246325513647.302.378.506.884
1992 1406095337616232612242781542763845813.304.377.454.831
1993 100440384571212038171511411351613313.315.394.445.839
1994 11050142778119235917952262556430586.279.369.419.788
1995 131567496981582961524466515346123496.319.394.492.886
1996 152627517117154324332938936100796375220.298.410.567.977
1997 732762243471173410620143114763243.317.440.473.913
1998 14562653893166341017271722634379526912.309.397.504.901
1999 16168758310817130412245753085493525712.293.390.420.810
2000 1024473967112426511193411462048013110.313.389.487.876
2001 4518515629401202581732002722252.256.373.372.745
2002 145567507721243727186471346744935713.245.305.367.672
2003 7026524139681612921820102201327.282.345.382.727
2004 11138634655100153814544202334113916.289.352.419.771
MLB:19年 218090577937132923404417619835279603797759679396655817178.295.371.444.815

年度別守備成績



遊撃(SS)二塁(2B)
























1986 CIN 3647119421.976346011.000
1987 1191683581972.965-
1988 1482314702967.960-
1989 821422671031.976-
1990 1562544691786.977-
1991 1192263721565.976-
1992 1402334081167.983-
1993 991592811656.965-
1994 1101783121062.980-
1995 1301923411172.980-
1996 1512304261780.975-
1997 6377171533.980-
1998 1452073611279.979-
1999 1612204011477.978-
2000 1021532491143.973-
2001 4465108923.951-
2002 1351913701289.979-
2003 6071159936.962-
2004 85106216433.988-
MLB 2085315058582351092.975346011.000

表彰

記録

背番号

代表歴

代表でのコーチ歴

代表での監督歴

脚注

関連項目

外部リンク

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