エルベール3世 (ヴェルマンドワ伯)
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モンティエ=アン=デ修道院の2つの特許状(968年と980年)は、当時ヴィトリのシャトー=ティエリ伯であり、サン=メダール・ド・ソワソン修道院の在俗修道院長であったヴェルマンドワ伯エルベール3世によるものとされており、そこには「フランク伯」という称号が記されている。この称号は、ロベール家が保持し、フランク王国で王に次ぐ2番目の地位であったフランク公の称号と比較することができる。「フランク伯」の称号は、フランク王の最も高い地位の伯爵であることを主張しており[1]、王国ではフランク王とフランク公に次ぐ第3位であることを意味する。
西フランク王ロテールの勅許により、エルベールは「宮中伯(comte du palais)」とされた[2]。この称号は、エルベールのあとにヴェルマンドワ家の継承者であるブロワ伯とシャンパーニュ伯が帯びることとなる宮中伯(comte palatin)の称号と対比される[3]。