エルンスト・ブッシュ (軍人)
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ヴァイマル共和国から第二次世界大戦開戦まで
第二次世界大戦

1939年に第二次世界大戦が勃発すると、第VIII軍団を率いてポーランド侵攻に従軍。第16軍司令官に任命され、翌年の西方電撃戦に従事。フランス降伏後の7月19日に上級大将に昇進。翌1941年のバルバロッサ作戦では第16軍は北方軍集団の隷下に入る。1943年2月に元帥に列せられ、同年10月には中央軍集団司令官に任命された。
しかし戦局は次第に悪化。1944年6月、圧倒的な物量のソ連軍は、ブッシュの中央軍集団に対してバグラチオン作戦を発動した。作戦2日目には早くも戦線を突破された。アドルフ・ヒトラーの死守命令が出されていたドイツ軍は、圧倒的なソ連軍の波の前に崩壊。このため6月28日にブッシュは中央軍集団司令官を更迭された[1]。ブッシュは事前にヒトラーに対して戦線の縮小を提案していたものの、死守を命じるヒトラーに忠誠心を示すためそれをあえて実行していなかったため、この処置を個人的な侮辱だと感じた。このため後任のヴァルター・モーデルに対して状況の引継ぎもせずに司令部を去った。
1945年3月に西部戦線で北西軍司令官に復帰したが、5月7日にイギリス軍のバーナード・モントゴメリー元帥にリューネブルガー・ハイデで降伏した。捕虜となったブッシュはイギリスに移送され、ノッティンガムシャーのオルダーショット捕虜収容所に入れられたが、ほどなく狭心症のため死去した。