ウクライナのキエフに生まれ、5歳のころにスケートを始めた。やがてモスクワのクラブに所属しスタニスラフ・ザハロフとペアを結成。1999-2000年シーズンよりISUジュニアグランプリにロシア代表として出場したが、初出場のJGPチェコスケートおよび世界ジュニア選手権では6位に終わった。翌2000-2001年シーズン、サイドバイサイドのスピンの練習中にパートナーのスタニスラフ・ザハロフのブレードがリアブチュクの頭にぶつかる事故が発生し、アブチュクは怪我を負い長期離脱を余儀なくされた。
2001-2002年シーズン、ロシアのジュニア選手権で優勝、シニアクラスでも6位となり3度目の出場となった世界ジュニア選手権では初優勝を果たした。翌2002-2003年シーズン、3年ぶりにISUジュニアグランプリに出場したが、JGPクールシュベルで2位となったもののJGPトラパネーゼ杯では6位に沈みJGPファイナル進出を逃した。2003年ペア解散を発表。